6「宿屋 雀の羽休め亭」



「ど、どうかな、レダ?」


「とても似合ってて、かいわいいよ」


「ん……ありがと」




 飾らない真っ直ぐな褒め言葉に、ミナは嬉しそうに身をよじった。




「おやおや、これは見違えたじゃないか。レダって言ったね、今着ている服はあたしからプレゼントしてあげようじゃないか」


「え? いいんですか?」


「もちろんさ。こんなかわいらしいお嬢ちゃんだ。プレゼントし甲斐がある。じゃあ次の服を選ぼうとするかね。言っておくけど、女の子はおしゃれな生き物なんだよ。一着買っておしまいじゃ、すまないからね」


「わ、わかってますって。ほら、じゃあ、ミナも自分の好みの服を選んでみて」


「――っ、いいの?」


「ミナが着るんだからもちろんだよ。それに、俺だと、なにを着てもミナがかわいく見えちゃうから決められなさそうだし」


「もうっ、レダ!」




 出会ってから控えめな印象だったミナだが、レダの度重なる褒め言葉に、照れを隠すように大きな声をあげた。


 また少し距離が縮まったと思うと嬉しくなる。




「さあ、こっちにおいでお嬢ちゃん。おすすめはこの辺りだよ」


「う、うん!」




 店主に勧められるまま、ミナはワンピースタイプの服を中心に何着も試着を繰り返した。


 その度にレダは少女を褒め、彼女は照れる。


 そんな初々しい年の離れた二人を、ネールが苦笑しながらからかった。




 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけばワンピースを五枚、ズボンを三本、靴を二足、厚手のジャケットを二枚購入していた。


 ミナが気に入ったものをすべて購入しようとしたレダを気に入り、店主は気前よく値引きをしてくれた。




「あんたたちみたいな気持ちのいい客が多けりゃ、あたしの店ももっと儲かるんだけどねぇ」




 そう言って豪快に笑ったネールに、つられてレダとミナも笑顔を浮かべた。


 すでにミナは最初に試着した服に着替えて、靴を履いている。


 少女は、レダのほうをちらちら伺うとなにか言いたそうに、もじもじとしている。




「どうしたの?」




 彼女の変化に気がついたレダが問いかけると、少女は大きく息を吸って、




「お洋服かってくれてありがとう。たいせつにするね」




 と、言ってくれた。


 彼女の感謝の気持ちがしっかりと伝わったレダは、膝を折りミナと視線を合わせると、




「どういたしまして」




 そう言って微笑んだのだった。


 そんな光景を、女店主は微笑ましいものを見るように見守っていたのだった。








 ※








「ところで、あんたたちは今日の宿は決めているのかい?」




 衣服だけではなく、消費した道具を買い足すと、ネールが訪ねてきた。


 レダは首を横に振る。




「実はまだ。これから宿屋に行ってみようと思うんですけど」


「この町には宿屋はふたつあるんだよ。実はね、そのひとつはあたしの娘が女だてらに主人をしていてね。よかったら『雀の羽休め亭』って店のほうにいってくれないかねぇ」


「構いませんよ。空いてますかね?」


「最近は客が増えたけど、宿屋が満室になるほどでもないさ。あとであたしからサービスするように言っておくから頼むよ」


「ええ、むしろそうしてくれるなら断る理由なんてありませんよ」


「ありがとね。じゃあ、娘の宿屋はね――」




『雀の羽休め亭』の場所を聞いたレダは、なにかと親切にしてくれたネールにミナと一緒に丁寧に挨拶をすると、本日の宿を求めて店を後にした。


 宿屋は道具店から少し離れた場所にあった。


 いつしかすっかり日は沈み、あたりは暗くなっている。


 気温も冷え込んでおり、レダは自然とミナの手を取り、足早になった。




「いらっしゃいっ、雀の羽休め亭にようこそ!」




 宿屋の中に足を踏み入れると、まだ二十代後半ほどの女性が元気な声で出迎えてくれた。


 愛嬌のある赤毛の美人だ。


 思わず、レダも釣られて顔を緩めてしまう。




「お客さんは、お泊まり? お食事?」


「宿泊のほうで。食事だけもできるんですよね?」


「ええ、そうよ。こんな小さな店だから手広くやっているの。レストランってほどじゃなくて、ほとんど飲み屋みたいなノリだけど、ご飯は美味しいって評判よ」




 店内を見渡すと、一階は受付と厨房があり、残りはテーブルと椅子がならべられた空間だった。


 すでにお客が集まっていて食事をするもの、お酒を飲むものとわかれている。


 共通しているのは、みんな笑顔で楽しそうだった。


 何人か冒険者や旅人らしきものもいて、もしかするとアムルスの町を目指しているんじゃないなと勝手に親近感を抱いてしまう。




「……レダ」




 人見知りの気があるのか、ミナがぎゅうっと手を強く握ってきた。


 そんな彼女を安心させるように手を握り返してあげる。




「お客さんたちは親子、じゃないよね。あー、どうしよっかな。部屋はふたり部屋がひとつしか空きがないんだよ。ちょうどさっき、突然お客さんが増えちゃってね」


「別に構わないよね?」


「……うん。レダと一緒がいい」


「じゃあ、そういうことでよろしくね。部屋の鍵は、はいこれ。食事の準備には少し時間がかかるからお風呂に入ってきたらどう? 外、寒かったから温まりなよ」


「そうだね、そうしようかな」




 レダの体も、繋ぐミナの手もすっかり冷え切っている。


 田舎町の宿屋に風呂があるのはありがたいことだ。


 ときにはお湯をもらって体を拭くだけということもありえるのだ。




「じゃあ、おふたり様ご案内ね!」




 女主人に連れられて部屋に案内されたレダたちは、すぐに浴場に向かった。


 途中、ひとりでお風呂に入れるかミナに尋ねると、「そこまでこどもじゃないもん」と少々ご機嫌を斜めにしてしまうというハプニングを挟みつつ、ふたりは男女に分かれたお風呂でしっかり体を温めるのだった。








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