5「服を買おう」
モルレリアへの道中は意外と時間がかからなかった。
モンスターに襲われることもなく、ミナもレダの腕の中でおとなしかったのもある。
小休憩を挟みながらも、極力足早に急いだ結果、夕方に到着できた。
「おや? 親子で、こんな辺鄙な町にどんなご用だい?」
町に入ってすぐに、腰の曲がった温和そうな老人がレダとミナを見つけて声をかけてきた。
「こんにちは。俺はレダ、この子はミナといいます。親子ではなく、うーんと、旅仲間なんです」
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。ほほほほ、めんこいお嬢さんだのう」
「あ、あ、ありがとう」
親子扱いされて戸惑うミナに、老人は頰を緩めた。
「俺はアムルスの町へ向かっているですが、できればこの町で宿を取りたくて」
「そうかそうか。最近、領主様がアムルスを開発していると聞いておるよ。移住者もまだ少ないようじゃが集まっているみたいでな。おかげでこの町にも、お前さんのようによってくれる人間がいるので潤っておるよ」
老人の言葉に、レダはアムルスの町への期待を大きくした。
近隣の町が少なからず潤っているのなら、人もそれ相応に集まっているのだろう。
人が集まれば、町は自然と発展する。
新しい日々をスタートさせるのは、もってこいだと思えた。
「宿屋に案内しようかのう?」
「いいですか? じゃあ、お願いします。あ、その前に、道具屋はありますか? この子の装備を整えてあげたいんです」
「それなら、うちのばあさんが経営している道具屋にいくといい。ほれ、町の中をまっすぐ進んで、真正面じゃ。看板が見えるじゃろう?」
老人が指をさす方向にミナと揃って目を向ける。
そこには『モルレリア道具店』と書かれた古びた看板を掲げるお店があった。
「おっと、そうそう、名乗ってもらったのにこちらが名乗らないとはとんだ失礼をしてしまったのう。わしはロージ・モルレリア。この小さな町の町長をさせてもらっておる」
「町長さんだったんですね。一日ほどですが、お世話になります」
「ほほほ、なんもない町じゃが、人は優しく、食事はうまい。くつろぐとええよ」
優しい笑みを浮かべてそう言ってくれた町長はミナの頭を撫でると、「また会いたいのう」と言い残して去っていく。
レダは彼の背に頭を下げてから、教えてもらった道具店に向かった。
「こんにちはー」
「こ、こんにち、は」
挨拶をしながら店内に足を踏み入れると、様々な香りのするいかにも道具屋という品揃えが出迎えてくれた。
奥のカウンターには恰幅の良い初老の女性が座っている。
「おや? 見ない顔だね、冒険者かい?」
「はじめまして。俺は、レダといいます。町長さんにこちらの道具屋さんを教えてもらったので寄らせてもらいました」
「み、ミナです」
「あらあら、ご丁寧にありがとね。あたしはネール。町長の妻……なんて言えば聞こえがいいかもしれないが、あたしは道具屋の店主だから気構えないでおくれ。さて、どんな用事だい?」
「この子の靴と服が欲しいんです」
「ほう」
はっきり言って、少女を抱きかかえているおっさんという絵面はまともではない。
町長は親子だと勘違いしてくれたが、人によっては誘拐犯だと思うかもしれない。
黒髪のレダとブロンドのミナとでは髪色からして違うのだ。
「訳ありかい?」
「どうなんでしょうか?」
「なんだい、そりゃ?」
「いや、なんというか、昨日出会ったばかりなのでこの子の事情はよくわからなくて。とりあえず保護者がいないようですし、まだ寒いのでせめて衣服くらいは整えてあげたいと思ったんです」
嘘をついても仕方がないので、ありのままの真実を言うことにした。
しばらくネールは、値踏みするようにレダとミナを眺める。
そして、
「ま、いいだろう。どうやらお前さんは悪い人間じゃなさそうだし、女の子のほうも気を許しているみたいだからね。ほれ、こっちにおいで。店は綺麗にしてあるから、裸足で歩いてもかまいやしないよ」
お客としてレダたちを受け入れてくれたネールは、にっ、と笑顔を浮かべて手招きしてくれる。
ちょっと不安そうな顔をしたミナだったが、「大丈夫だよ」とレダが呟くと、小さく頷いて腕の中から床へと降りる。
「今まで気づかなかったけど、ずいぶんとボロっちい服を着ているね。服と言っていいのかさえ迷うじゃないか。お前さん、もっとマシな服を用意してあげられなかったのかね?」
「出会ったときのままなんです。すみません。俺も旅の途中だったんで、さすがに女の子の服を持っていなくて」
「……そりゃそうか。すまなかったね。だけど、どうしてこんな小さな子が……」
それはレダも同感だった。
なぜミナが寒空の下、靴も履かずにボロ布を纏って彷徨っていたのかは疑問でしかない。
しかし、ミナに訪ねようとも、そこまでの信頼関係を勝ち取っていないため憚られていた。
もしかしたら、この町に知り合いがいないかなという希望もあったのだが、町長夫妻の反応を見る限り、その可能性も薄そうだ。
「生地のしっかりしたワンピースだよ。その下にズボンと靴を履けば、ちょっとした旅なら可能さね。さ、お嬢ちゃん、着替えてごらん?」
「は、はい」
店主に促されると、ミナは一度だけレダの顔を伺うと試着室に入っていった。
残されたレダに、ネールが小さく声をかける。
「あのお嬢ちゃんの身寄りはいないのかい?」
「実は、この町に誰か知り合いがいないか期待していたんですけど」
「残念だけど、あの子は見たことがないねぇ。小さな町だ。住人の顔は全部知っているさ」
「……そうでしたか。明日、アムルスに向かうんですが、そこで誰かあの子の知り合いが見つかればいいんですけど」
口ではそういいながら保護者はもちろん知り合いさえいない可能性もある。
仮にいたとしても、幼い少女にボロ布を纏わせていた人間など信用に値しない。
いてもいなくても不安である。
「どうやらあんたはお人好しのようだねぇ。普通は、あったばかりの子供にそこまで入れ込みやしないよ」
「そ、そうですか?」
「褒めてるんだよ。あんたみたいな男に出会って、あの子は運がよかったね。ちゃんと責任持つんだよ?」
「もちろんです」
そんなやりとりをしていると、試着室からミナが出てきた。
「ほう。ずいぶんとかわいらしくなっちまったじゃないかい」
青を基調とした長袖のワンピースと、白いズボン。
足元は編み上げのブーツだ。
冒険者というよりも旅人風。しかし、年頃の少女が好みそうな衣服を身につけたミナは――とてもかわいかった。
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