2「女の子拾いました」①
「うぅぅ、春が近づいたとはいえ、夜はやっぱり冷えるなぁ」
王都から辺境の町アムルスまでは、歩いて半月ほどの距離があった。
幸い、レダは、近くの町で行商を行う商人の馬車にギルドの善意で同行させてもらえた。
商人もアイテムボックスという希少なスキルを、今回限り利用させてほしいという条件をつけてきたが、お互い様ということで快諾したのだ。
現在は、商人の好意から町で一泊することの提案を断り、アムルスまで三日ほどの場所にある河原でテントを張って夜営していた。
「でも、ひとりって落ちつくな。俺って、こんなにひとりが好きだったっけ?」
焚き火の前で、夕食の支度をしつつ、独り言を続けていた。
寂しいとかは感じない。
むしろ、ひとりでいられることに開放感を覚えていた。
思い返せば、冒険者パーティーでは目まぐるしく雑用し、恋人との関係はうまくいっていなかったので、こうして野営とはいえのんびりできたことなどなかったことを思い出す。
「ちょっと奮発して、商人さんからもらった厚切りの肉を焼こうかな」
アイテムボックスはとても便利なスキルで、生肉を保管しても腐ることはない。
鮮度を保てることはかなり貴重であり、レダのスキルを知った商人は大量の生物を収納してくれと頼んだことは記憶に新しい。
スキレットを取り出して火の上に置くと、オリーブオイルを多めに引いていく。
十分に熱が伝わったタイミングで、塩胡椒で軽く味付けした肉をスキレットで焼き始める。
ちゅわぁあああああっ、と食欲をそそる音がした。
肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔を擽りお腹を鳴らせる。
早く食べたいという気持ちを必死に抑えて、他の料理に取り掛かる。
町で購入しておいたパンを適度な大きさに切り分け、皿へ並べた。
小さな鍋を取り出して、一口サイズに切り揃えた根野菜をミルクで煮込んで塩と胡椒で味付けする。
再び、ぐぅ、という音がした。
「ん? 今の俺じゃないぞ?」
反射的に腰のナイフに手を伸ばし、周囲に神経を配る。
誰かがそばにいるのか、もしくは腹をすかせたモンスターか。
戦闘に自信がないレダに緊張が走る。
「だ、誰かいるのか? 出てきてくれ」
一応、人間であることを願って声をかけてみた。
すると、
「…………」
離れた茂みの中から、ひとりの少女が現れた。
「女の子?」
まだ十歳ほどの小柄な少女だった。
月明かりが彼女の白い肌と、汚れくすんでいる癖のある長いブロンドヘアーを照らしている。
まるで森の妖精が食事の匂いに誘われて現れたのかとも思えたが、そうではない。
「まだ寒いのにどうしてそんな格好を?」
彼女は人間だ。
かわいらしい容姿を持ちながら、顔には感情が宿っていない。
着ているのもボロ布といっても過言ではない程度だ。
足元は裸足で、目を凝らしてみると血がにじんでいた。
「ご両親は? まさかモンスターに襲われてはぐれちゃったのかい?」
少女を怯えさせないようにナイフをしまって、少しずつ近づいていく。
距離が縮まる度、彼女は怯えたように身をすくませるものの、逃げ出そうとはしなかった。
「君の他に誰かいないかい?」
少し待つと、少女は弱々しく首を横に振った。
「そっか。なら、お腹は空いてないかな? ちょうどお肉が焼けるところなんだ。よかったら、一緒にご飯を食べないかい?」
返事はない。
しかし、少女の視線はレダの背後にある焚き火に向けられていた。
「ほら、おいで。寒いだろう? なにも酷いことはしないと約束するよ。おじさん、ひとりでご飯食べようとして寂しかったんだ。君が一緒に食べてくれると、嬉しいなぁ」
なんだか少女を拐かそうとする誘拐犯みたいなセリフだと思いながら、なんとか彼女の警戒心を解こうとした。
すると、
――くぅぅ。
少女のお腹かから空腹のサインが響いた。
反射的に少女がお腹を押さえて、視線を地面に落とした。
「暖かいスープもあるよ。さ、おいで」
レダは少女に必要以上近づくことなく、右手を差し出した。
しばらく迷うように、レダと地面に視線を彷徨わせていたが、笑顔を浮かべている彼に安心したのか、そっと一歩を踏み出してくれた。
恐る恐る少女が手を伸ばし、そっと握ってくる。
冷え切った手は小さくて細かった。
(こんな小さい子が冷え切るまで外にいるなんてただ事じゃないな)
不安にさせるようなことは口に出さず、レダは少女の手を引いて焚き火まで戻った。
彼女を火の前に座らせると、自らのコートを羽織らせてあげる。
「……あり、がと」
「――どういたしまして」
はじめて喋ってくれた少女に嬉しくなると、レダは張り切って火が通った肉を切り分ける。
「さ、ご飯にしよう」
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