1「そうだ! 辺境の町へいこう!」




 散々な一晩が開けた翌日。


 レダは、いつの間にか帰宅していたアパートのベッドの上で着の身着のまま寝転がっていた。


 床には安ウイスキーの空ボトルが転がっている。


 記憶にないが自棄酒をしたのだろう。




「……っ、頭痛い」




 二日酔いなのか頭痛がひどい。


 若干の気持ち悪さと胃の痛みもあるが、精神的なものなのかもしれないと考え、苦笑いを浮かべた。




「まだ笑える余裕があるんだ」




 そう思うと気が楽になる。


 そうだ。絶望したわけではないし、死んでしまうほど辛い目にあったわけでもない。




「シャワー浴びてすっきりしよう。新しい仕事だって探さなきゃいけないし」




 一瞬、一日くらいゆっくりしていようかなとも思った。


 しかし、体を動かしていたほうが余計なことを考えなくてすむ。


 レダは汗と酒の匂いがする衣服を脱ぎ捨てると、そのままシャワーで身を清めた。




「あー、すっきりした」




 数分後、体だけではなく気持ちも綺麗にしたレダは、新しい服に袖を通すと冒険者ギルドに向かうことにした。


 生きていくためにはお金が必要だ。


 ならば仕事も必要だ。




 蓄えはあまりない。


 恋人だと思っていた人に渡していたから、貯金だってないに等しい。


 一ヶ月ほど生活できるくらいの金銭は残っているだろうが、それでは心もとない。


 王都での生活はなにかと金がかかるのだ。




「冒険者ギルドは……もう開いているな。よし、じゃあいこう」




 備え持つスキルであるアイテムボックスの中に放り込むと、レダは冒険者ギルドへ向かった。




「今日は暖かいな。うん、いいことがありそう。あってほしいなぁ」




 王都の街並みはいつも通りだ。


 冬が終わり、春が訪れたばかりの季節はまだ少し寒さを覚える。


 すれ違う子供たちの中には、まだ冬の格好をしている子もいた。


 ときどき見知った商店の店員から声をかけられ、愛想笑いして手を振るう。




(きっとみんなは俺がパーティーをクビになったことを知らないんだろうな)




 道具屋の店員も、パーティーが受けた依頼人であったこともある。


 きっと彼らには、レダはまだ漆黒の狼の一員に見えるのだろう。


 はぁ、とため息を吐いていると、いつの間にかギルドへたどり着いた。




 王都にある冒険者ギルド本部。


 貴族のお屋敷よりも大きな建物の中には、ギルド職員が在中している。


 冒険者だけではなく、他ギルドの人間から一般人までが幅広く出入りするため、今日も人はたくさんだ。




 番号札を取って椅子に座って待っていようとすると、目の前に誰かが立った。




「……えっと、セイラさん?」


「おはようございます、レダさん。あなたのことをお待ちしていました」


「おはようございま……え? 俺のことをどうして?」


「ギルドではレダさんが漆黒の狼を脱退したともう噂になっているですよ!」


「昨日の今日でもうですか!?」




 不機嫌な顔をしてレダを待ち構えていたのは、ギルド職員のセイラだった。


 黒く長い髪をアップにまとめ、銀縁の眼鏡をかけた凛としたいかにも仕事ができそうな女性だった。


 実際、仕事の手際はよく、レダは何度も報告資料を作るのを手伝ってもらったことがある恩人でもある。




 漆黒の狼の担当者でもあり、雑務を担当していたレダとはもう五年の付き合いだった。


 そんな彼女に、パーティーをクビになったことを前もって知られていたというのは、なんとも恥ずかしいものだった。




「順番はいいですからまず受付にどうぞ。詳細を教えてください」


「いや、でも、順番待ちしている人はたくさん」


「いいから来る!」


「はい!」




 腕を掴まれて受付に連れていかれて、椅子に座るように命じられた。


 レダは、情けないのであまり口にはしたくなかったが、セイラに昨日リーダーに戦力外通告を受けた話をした。


 すると、




「……ありえません。どうしてこんな短慮なことを、頭が痛いです」


「セイラさん?」


「はっきり申し上げて、パーティーリーダージールの勘違いです。私たちギルドは、レダさん込みでBランク昇格を提案していたんですから」


「――っ、そうだったんですか?」


「もちろんです。レダさんは確かに冒険者ランクこそ低いですが、回復魔法を使えて、アイテムボックスという希少なスキルまで持っているんです。無下に扱ったりしません」




 そう言ってくれるのは嬉しいが、すでにクビになっているのは事実だ。


 自分を含めて昇格できる可能性があるとジールに伝えても、彼の意見は変わらないだろう。


 レダだって、あれだけ散々言われたのだ、今さら戻りたいとも思わない。




「ここだけの話、昇格の件はレダさんが居たからと言っても過言ではないんです」


「はい?」


「ご自覚はないのは承知していますが、もともと漆黒の狼はあまり評判がよくないパーティーでした。リーダージールも決して性格がいいとは言えませんので、よく問題を起こしていました。いいえ、違いますね、今でもよく問題を起こします。なのでギルドとしては最低限の距離を置いていたのですが、そこに加入したのがレダさんでした」


「俺がなにかしましたっけ?」


「きっとレダさんにとっては特別ではないのかもしれませんが、気さくで、思いやりのあるあなたがパーティーの雑務を押し付けられたとはいえ、ギルドと関わるようになってからトラブルは激減したのです」


「そ、そうだったんですか」




 面倒な雑務は下っ端がやれ、としか言われていなかったのでそんなものかと思って深く考えていなかった。


 それ以前に、そうも問題のあったパーティーだったとも知らなかった。




「そうなのです! こちらも、あの面倒な面々と顔を合わせなくてすんでせいせいしていたんです。揉め事が減ったからこその昇格話だったんですよ。だけど、まさか、そのレダさんをクビにするなんて……下手したら昇格話が消えて無くなるんじゃないでしょうか」


「俺がいなくなっただけで、そんな大げさな」


「レダさんは自分の価値をわかっていません!」




 冷静な彼女らしくない突然の大声に、周囲の人間が何事だと視線を向けた。




「ちょっと落ち着いてくださいよ」


「……申し訳ありません。ですが、今言ったことは事実です。レダさんは、使い手の少ない回復魔法を使える治療士であり、希少なアイテムボックスを持っています。どちらかひとつだけでも珍しいのに、両方なんて……漆黒の狼にさえいなければ冒険者ランクだって、もっと上だったんですよ?」


「……そんな、馬鹿な。だって、俺の回復魔法なんてポーションで事足りるでしょう? アイテムボックスだって、ただの荷物持ちにしか使えませんし」


「――はぁぁぁぁぁぁぁ。なるほど。奴らに適当なことを教えられて勘違いしていたんですね。きっと漆黒の狼たちも、レダさんをいいように使いたいからこんなことを」




 レダはいまいちセイラの言っていることが理解できない。


 回復魔法もアイテムボックスも珍しいのは知っている。


 だけど、所詮はポーション代わりと、荷物袋代わりでしかない。


 少なくともレダは「そう教えられていた」。




「……まずレダさんの意識改革からしないと、いえでも、うーん」




 なにやら腕を組んでブツブツ言い始めたセイラに、レダはどう声をかけていいものかと悩む。


 自分の使える魔法やスキルがどうだとか、漆黒の狼の昇格に関してはもういいのだ。


 それよりも、新しい仕事を見つけることを優先したかった。




「あの、それはともかくですね。俺は新しい仕事を見つけたくて今日ギルドにきたんです」


「あっ、すみません。つい考え事をしてしまいました。新しい仕事ですね。私としては、ご自分についてをしっかり把握して欲しいんですけど、仕事を見つけるのって急ぎますか?」


「急ぎますよ! 別に新しいパーティーに入りたいとかはありませんけど、依頼を受けないと金がもらえないんで、なにかありませんか?」


「わ、わかりました。ですが、そのうち、しっかりレダさんの能力についてお話しさせてください。このままだと漆黒の狼のように、レダさんを利用するだけして捨てるような人間がまた現れる可能性がありますので」


「……えっと、よくわかりませんけど、はい。セイラさんがそう言うなら」




 レダとしては、利用されたとは思っていないので、首をかしげるほかない。


 しかし、今は新しい仕事の話を進めることが優先だった。




「ちょっと待ってくださいね。いくつか、レダさんにぴったりの仕事が」




 セイラは机の上で資料を広げはじめる。


 気になって覗いていると、レダの目にとある依頼書が止まった。




「セイラさん、これ!」


「え? ああ、これは依頼ではありませんよ」




 レダが手を伸ばすと、セイラが書類を手渡してくれる。


 そこには『移住者募集! ローデンヴァルト伯爵領アムルスの町!』と大きな文字で書かれていた。




「移住者募集のお知らせです。ローデンヴァルト辺境伯が、最近、町の開拓を始めているんです。アムルスは国境沿いの町になるため、大きく発展できる可能性があるのですが、モンスターや野盗が多く、冒険者も不足している状態なんです」


「俺、ここにいきます!」


「はい?」


「いや、だから、俺、アムルスの町にいこうと思います」


「ちょ、ちょちょ、どうしてですか!? 王都になんの不満が!? お仕事だって紹介できますよ、ほらこんなに!」




 セイラが押し付けるように渡してくれたのは、回復要員を募集しているパーティーなどだった。




「王都に不満なんてありません。でも、俺はいろいろあったここから離れて、新しい土地で心機一転したいんです」


「そんな顔をされたら引き止めることはできませんね。わかりました。こちらのほうでアムルスへの移住に関する手続きをしておきます。幸い、向こうの冒険者ギルドには私の友人もいるので」


「ありがとうございます」


「ですが、いいですか。あくまでもこれは移住者を募集しているだけであって、仕事が見つかったわけではありませんよ?」


「はい。わかっています」


「ならば結構です。ギルドはレダさんの行く末に輝かしい未来が待っていることを祈っています」


「ありがとう、セイラさん」








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