おっさん底辺治癒士と愛娘の辺境ライフ 〜中年男が回復スキルに覚醒して、英雄へ成り上がる〜
飯田栄静@市村鉄之助
プロローグ「悪いことは二度続く」
「テメェはもうクビだ」
冒険者レダ・ディクソンは、所属する冒険者パーティー「漆黒の狼」のリーダージールに容赦のない通告をされていた。
夕食時の賑わう酒場で、二十代半ば過ぎの青年と向かい合い、レダは驚きに目を見開いていた。
「……いったい、どうして。こんな急に?」
三十歳のレダは、冒険者としては底辺ともいえるFランクではあるものの、回復魔法を使えることと、アイテムボックスというスキルを持っていることでパーティーを貢献できていたと思っていただけに唖然としてしまう。
「急にじゃねえよ。あんたさ、前々からお荷物だったんだよ。ちょっと回復魔法使えるからっていったってそれだけじゃねえか。戦いがずば抜けているわけでもねえし、せいぜい荷物持ちが限界だろ?」
「それは」
ジールの言いたいことはわかる。
レダは、あまり戦いに向いているわけではない。攻撃魔法は使えるがなにかの属性に特化しているわけでもなく、なによりも優しい性格が戦闘にあまり向いていなかった。
しかし、それを補おうと補佐役として頑張ってきたつもりだっただけに、突然すぎる解雇通告にショックを隠せない。
「聞いてると思うけどよぉ。俺たち漆黒の狼はCランクからBランクに昇格できるかもしれない。なのに底辺のテメェがいると足を引っ張る可能性があるんだよっ。お情けで今まで使ってやってたんだから、感謝して黙って消えてくれや」
「……そう、だね。ジールには感謝しているよ。もちろん、みんなにも。田舎から出てきて右も左も分からない俺を拾ってくれたんだ」
「そう思うなら、荷物をまとめて出て行ってくれや。あと、親切心で言ってやるけどよ、テメェは冒険者を目指すには遅過ぎたんだよ」
「それは、そうだろうけど」
「俺らは十代のころから必死こいてやってきて、それでようやくここまできたんだ。テメェみたいに二十代半ばで駆け出しをはじめるなんて、俺たち舐めてるだろ?」
「そんなことはない。確かに、冒険者を目指したのは遅かったかもしれないけど」
「その遅さが問題なんだよ。ランクは底辺。歳だってもうおっさん。戦いはできなくて、お荷物……とっとと田舎に帰って畑でも耕してろ」
突き放すような物言いにレダはなにも言えずに俯いてしまう。
言い方はさておき、ジールの言葉はあまり間違っていなかった。
冒険者に憧れて、田舎から王都に出てきたのが五年前。
以来、冒険者として頑張って活動するも、パーティーの中で唯一底辺のFランクのまま昇格することなくずるずると五年が過ぎた。
内心、ついにこのときがきてしまったのか、とも思わなくもないのだ。
「テメェに今まで渡したものはこっちで回収しておく。私物を奪おうなんて考えていないけどよ、これからBランクに挑む俺たちに、装備やらをくれてやる余裕はねえんだ」
「待ってくれ! それじゃあ俺は冒険者としてなにもできなくなるじゃないか!」
「だーかーらーよぉ、向いてねえからやめろって言ってんだよ。ったく、優しく言ってやれば調子乗りやがって」
苛立ったように麦酒を煽ったジールは、赤くなった顔でレダを睨んだ。
「いいか、テメェの頭で理解できるように言ってやるからよぉく聞け。テメェはクビだ。理由は役立たずのくそったれだからだ。それが理解できたなら、なにも言わずに消えやがれ。いいな?」
「…………わかった」
とてもじゃないが、数年苦楽を共にした仲間にかける言葉ではなかった。
言いたいことが胸の奥から湧いてくるが、レダは唇を噛んで必死に堪えた。
ここで揉め事を起こさないのがせめてもの抵抗だと言わんばかりに、レダは静かに席を立つ。
「今までありがとう。君たちがBランクに昇格することを祈っているよ」
「はっ、テメェがいなくなればBランクは確実なんだよ!」
最後まで気遣う言葉など一切口にすることのなかったリーダーに、レダはこれ以上なにかを言うことなく背を向ける。
そのまま賑わう酒場から逃げるように立ち去るのだった。
※
「冒険者じゃなくなったのなら稼ぎなしってことでしょ? じゃあ、もう、あんたなんて用はないわ。別れましょ」
「――え?」
冒険者パーティーをクビになったことを、恋人リンザに伝えにいったレダを待っていたのは優しい言葉ではなく、辛辣なものだった。
わざわざ夜にも関わらず彼女を訪ねたのは、もっと暖かい言葉をかけてくれると思っていたからだ。
まだ付き合って半年も満たないし、恋人らしい関係とは言えないかもしれない。
だが、こうも冷たい対応をされるとは思いもしなかった。
「……別れるって、どういう」
「鈍い人ね。お金がないなら付き合っている価値がないじゃないの。そのくらい察して、自分から去るくらいの気遣いしてよ」
あまりにも酷い物言いだった。
リンザとは、周囲の勧めからだった。
彼女の方から親しくしてきたのがきっかけだったが、気づけば外堀が埋められていた。
王都暮らしは忙しいと同時に寂しいものであったレダは、とくに考えずに彼女との付き合いを始めたのだが、まさかこんな希薄な関係だったとは思わなかった。
「俺は今までリンザのために」
「あのねぇ、まさかお金のことを言うつもり?」
言葉さ遮られて、リンザに嫌な顔をされる。
「確かにあんたにはお金をもらってきたけど、彼氏が彼女を助けるのって当たり前でしょう。ていうか、私みたいな美人と付き合えるってだけでお金を払う価値があるんだから、小さいことを今さら言わないでほしいんだけど」
「君って、そんな人だったんだ。ご両親に借金があるから助けたかっただけだったのに」
「――ぷっ。ふっ、あははははっ! 両親って、あんた本当に信じてたの? 親なんて何年も顔を合わせていないわよ」
「嘘を、吐いていたのか、どうして?」
「……ったく、察しが悪いのね。本当に嫌になる。そんなのお金のために決まってるじゃない! ちょっといいパーティーに所属しているからお金持っていると思ったのに、大したことなかったのに、クビになるとか信じられない! これじゃ、付き合う意味がないのよ。わかった!?」
要するに金づるだったのだ。
自分は、リンザの本性に気づかず、わずかな収入を渡し続けていた。
「言っておくけど、お金は返さないからね。あんたからくれるって言ったんだから」
「そんなこと、言うつもりはないよ」
そう返すのが精一杯だった。
それ以上口を開けば、自分の情けなさに涙が溢れそうだったから。
「あ、そう。じゃあ、あたしはこれからデートだから。あんたみたいに金のない男じゃなくて、一流冒険者だからお金もたくさんもってるのよ。ふふっ、実力がなければお金だって稼げないんだから、冒険者向いてないんじゃないの?」
嘲笑するような言葉に、レダは奥歯を噛み締め耐えた。
反論しないことをつまらないと思ったのか、リンザは鼻を鳴らした。
「ま、あんたのことなんてどうだっていいけど。それじゃあ、もう二度と話しかけないでね」
彼女はそう言って踵を返した。
ヒールの音を立てて去っていく元恋人の背中を見送ることもせず、レダは背を向けて走りだした。
悔しさ、情けなさが襲いかかってきて、とにかくなにかがむしゃらになりたかったのだ。
しかし、アルコールの入った体は言うことを聞いてくれず、あっけなく地面を転がってしまう。
周囲の人々が大丈夫かと声を変えてくれたが、レダはそれがいっそう情けなく感じた。
こうして、この日。
レダ・ディクソンは冒険者パーティーをクビになった挙句、恋人も失ったのだった。
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