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目が覚めると、わたしはツバメになっていた。
どうして〝ツバメ〟だと思ったのかは、自分でも分からない。
ただまぶたを開けたとき、生まれてはじめて闇がふたつに分かれているのを見た。上の闇には点字みたいな小さな粒がたくさん浮かんでいて、下の闇からは波音がした。そのときわたしの耳もとで、誰かが「あれは星で、これが海だよ」と
「
と。だからわたしはツバメなんだ。実際、闇の中で見た自分の〝腕〟は真っ黒で、毛むくじゃらで指がなかった。見下ろした〝足〟も指が三本しかなくて、真ん中の指がいっとう長くて、爪はやけに鋭かった。少なくともそれらはわたしが手で触れて覚えた〝腕〟ではないし〝足〟でもない。
ううん、そもそもわたしはツバメじゃないし、目も見えない。なのに今のわたしはツバメで、目も見える。つまりこれはたぶん夢だ。そう、わたしは夢を見ている。生まれてはじめて
だからわたしは、たとえ夢でも見えることが嬉しくて飛び上がった。
すると体がふわりと浮き上がって、気づけば海の上を飛んでいた。
風を切って、海面を滑るみたいに。
わたしの体はおどろくほど軽く、空中で一回転だってできる。今ならどこへでも飛んでいけるような気がして、わたしは潮風の中でよろこびの歌をうたった。
そのときだ。
ヒュルルルルルル、と聞き覚えのある音がして、なにかが空で爆ぜたのは。
わたしは飛びながら
星明かりよりも明るくパッと海を照らしたのは、色とりどりの光の雨だった。
──もしかして、あれが花火?
ああ、きっとそうだ。だって確かに花火の音だもの。
「わあ……!」
なんてきれいなんだろう。わたしは海の上を飛びながら、音を立てて次々と弾ける花火に目を奪われた。わたしの知らない色がたくさん、たくさんたくさん頭上で咲いて、飛び散って、喝采みたいな音を上げながら、輝きながら降ってくる。
すごい。わたしが今日まで見ていた真っ暗闇の向こうには、こんなにきれいな景色が広がっていたんだ!
わたしは言葉どおり舞い上がり、降り注ぐ光の中で何度も宙返りをした。
そして今ならあの光の只中へ飛んでいけるかもしれないと気がついて、花火に向かって飛び始めた。これが現実なら、花火の中へ飛び込むなんて自殺行為だってちゃんと分かっていたんだけど。
でもここは夢の世界だし、奇跡を体験できるのはきっと今日が最初で最後だ。
だからわたしは光に向かって飛び続けた。
どうせいのちが終わるなら、あの光の中でわたしも弾けて消えたかった。
だけどあと少しで花火に届きそう、と思ったとき。
わたしは海の上にひとが立っていることに気がついた。
本当なら、水の上にひとが立つなんてありえないんだけど。
なのにわたしはちっともおどろかず、むしろよろこびに胸を弾ませた。
だってひと目見てすぐに分かったんだ──あのひとが
「先生!」
わたしは風に乗って海面まで滑り降りる。
すると花火を映した波の上で、振り向いた赤眼先生が笑ってくれた。
黒い髪に、黒い服。瞳はわたしの知らない色。
でも、先生の瞳はルビーの色だとお母さんが言っていた。
じゃあこれが〝
「赤眼先生! 花火、とってもきれいですね! わたし、世界にあんなにたくさんの色があるなんて知りませんでした。しかも先生と一緒に花火が見れるなんて夢みたい! あ、いや、まあ、夢なんだけど……でもこんなしあわせな夢が見られるなんて、わたしがあんまりかわいそうだから、イエスさまが最後に訪ねてきてくれたのかなあ」
「君はかわいそうなんかじゃないさ、世愛」
と、肩の上で目を閉じかけたわたしに先生はそう言った。
「君はなにもかわいそうなんかじゃない。そうだろう?」
花火に照らされた先生の顔はとてもきれいで、神秘的で、泣きたくなるくらいやさしかった。
「さあ、ごらん、世愛。フィナーレだよ」
先生の視線に導かれ、わたしも一緒に空を見る。ボンッと打ち上げの音がした。
だけど直後に訪れたのは静寂。真っ暗な空には星明かりだけ。
いつまで経っても咲かない花火に、わたしが「あれ?」と思った刹那、
「ああ──」
咲いた。
咲いた。咲いた。咲いた。咲き乱れた。
数え切れないほどの花火。見たこともない色、色、色。
夏の夜空にほんの一瞬咲いて散る、儚くも力強い光の百花──
「先生」
どうしてだろう。分からないけど、そのとき確かに分かったんだ。
あの花火はきっと先生がわたしにくれたものだって。
だからわたしは飛び上がった。
最後の瞬間、大好きな先生の唇に小さな
「さようなら、愛する王子様」
あたたかなお日さまの色が、わたしを抱きしめてくれたような気がした。
†
どこか遠くで、花火の打ち上がる音が聞こえていた。
「ご臨終です」
泣き崩れる
「さようなら、小さなツバメさん」
お別れを告げて、僕は可憐なふたつのまぶたを祈りとともにそっと拭った。
僕が最後に看取った魂は、夜空を飾るあの花と同じ、とびきり美しい虹色をしていた。
(第六話・完)
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