歴史軍団・牙 第1部

よほら・うがや

第1話 タイムトンネル開通

 それは、24才の10月1日の午後4時だった。


 自室に、とつぜんタイムトンネルが開いた。前触れは、なかった。机の脇の板壁に、四角い約1メートル30センチ四方の、真っ黒な穴が、不気味にあった。

 向こうは、見えない。

 『タイムトンネル、だっ!』

 なぜだか、僕はそう、思った。その穴がなぜタイムトンネルだと分かったのかも、自分では説明できない。

 ただ、それは明らかにタイムトンネルなのだから、しょうがない。


 普通なら、ここでそれが本当にタイムトンネルなのか、慎重に検証することだろう。もしかするとそれは、魔界から忍び寄る魔の手かもしれないからだ。(その思考は、ちょっと中二病すぎる。24にもなって、恥ずかしい)

 僕は、何の躊躇ちゅうちょもなく、その真っ黒な穴に頭を突っ込んだ。

 なぜそんな突発的な行動をとったのかも、自分では分からなかった。ただ

 <その穴へ、手を入れろ>

という見えないものが、僕を促していた。


 向こう側の出口は…タイムトンネルの長さは、わずか数センチしかなかった。手の指先に、しっとりとした空気がまとわりついてきた。そこは、すでに現代とは違う、別の時代だった。

 僕は手を引っ込めると、次は、頭を突っ込んだ。指先だけの感触では、向こうの時代の危険度はわからない。後から思えば、ずいぶん無謀だったものだ。

 

 何時代なんだろう?僕は、目を開いて(突っ込むときは、さすがに目を閉じていた)見回した。

 辺りはうっそうとした森林、山中のようだった。林間を、細い、まるで獣道のようなところどころに草が生い茂る道が通っていた。時間帯は、夕刻のよう。樹木の間から、茜色の空が見えている。


 ザク、ザク、ザク。

 音がしたので見ると、向こうから、頭にチョンマゲを結った十数人の行列が歩いてくるのが見えた。ほとんどが肩に担いだり、二人で前後に担いだりして、荷物を持っていた。

 そのなかに一人だけ、刀二本差しのサムライがいた。時代劇でよく見るサムライの姿だ。ヨロイは付けていない。薄汚れてもいない。この2つの指標は、大事だ。この2つがあると、戦国時代か室町時代の可能性がある。

 そう、そこは、江戸時代と考えられた。


 そのサムライは、年格好が自分に近かった。背が高くて細身であるところも、僕に似ていた。ただ顔は、よく見えなかった。

 「ぎゃっ!」

 とつぜん、悲鳴が響いた。僕は、あまり驚かなかった。アニメではこういうシーンが、よくあるせいかもしれない。

 あっという間に荷物を持っていた連中が、散り散りに逃げ去っていた。

 しかし、そのサムライは一人、とどまっていた。

 やがて、黒装束の数人がどこからともなく現れて、異常に軽い身のこなしでサムライを囲んでいた。


 そのサムライも、その黒装束の者たちも、互いに抜刀していた。もっと明るかったら、きらめく刀でまぶしかっただろう。

 『チャンバラだっ!』

 僕は、リアルにチャンバラを見るのは初めてだ。ま、当たり前か。

 しかし、予想したチャンチャンバラバラは、なかった。

 黒装束たちはいつの間にかいなくなり、サムライはと見ると、道の真ん中に仰向けに倒れていた。血は、あまり出ていなかった。しかしサムライは、ピクリとも動かなかった。目を見開いたまま。即死のようだった。


 はっと我に返り、タイムトンネルへと逃げ込んだ。

 逃げ込むとき、タイムトンネルの脇に、箱が3つ投げ出されているのが見えていた。蓋が開いていた。長い刀、短い刀、羽織、かみしもなどが入っているようだった。

 しかしそんな物を拾い上げる余裕もなく、僕はタイムトンネルに駆け込んでいた。

 こちらの自室に戻り、僕は弾む息を整えながら、今、見たのは何だったのだろう、夢でも見ているのかな?と、しばらく呆然としていた。


 ふと、僕は窓からなにげに外を見て、驚いた。

 目の前にあるはずのマンションがなかった。近くにあるはずの駐車場、銀行がなかった。電柱もない。そして、近所の家々が、なんだか古めかしい木造平屋建て、板葺きの屋根という建物に変わっていた。

 僕は、外に出てみた。そこらじゅうを歩き回った。

 『そうだ、駅は』

 行くと、駅がなかった。ただ、小さな小屋みたいなのがあり、馬が数頭つながれていた。線路があった跡には、きれいに石を取り除かれた土道がまっすぐにあった。


 町全体が、まるで江戸時代のように変貌していた。所々に畑もあった。

 自宅に帰り、またまた驚いた。家のなかが、全て江戸時代の町屋のように変わっていた。

 台所にいた母の姿がない。炊飯器は…かまどになっていて、鍋が載っていてシュンシュンと湯気を起てている。蓋を取ると飯…慌てて蓋を閉じた。初めチョロチョロ中パッパ赤子泣いても蓋取るなとかいうセリフが、頭に浮かんだ。

 部屋に弟の姿がない。

 日が暮れてきた。父が帰宅しない。


 僕は、自室に戻り、考えた。

 自室には、前の通り机もスタンドも、本棚も、あった。自室だけが、異空間のようだった。

 僕は、机のわきのタイムトンネルを見た。そしてそこにやはり、僕はなにげに頭を突っ込んだ。何の考えもなかった。


 先程と同じ、山中の林間道。

 すると、向こうから、頭にチョンマゲを結った十数人の行列が歩いてきた。

 『え!先程見た光景?』


 「ぎゃっ!」

 悲鳴。逃げていく荷物持ちたち。一人残ったサムライ。黒装束に囲まれ、そして仰向けに倒れて死んだ。


 わけわからず、僕は、タイムトンネルのほうに後ずさり。

 タイムトンネルの脇に、箱が3つ投げ出されていた。今回は、落ち着いていたのか、拾い上げていた。ズシリと重い。本物の刀だからか。箱を引きずるようにタイムトンネルの中へ。自室の机の上に、箱を重ね置きした。


 箱の一つを開けた。

 短い刀。柄が白い。白柄しろつか組…という言葉が頭に浮かんだ。旗本が将軍から拝領する刀らしかった。あのサムライは、旗本の子息か、若き当主だったのか。

 箱の底に包み。開けると、一通の文書。くずし字。完全なくずし字は、歴史ファンの自分といえど読めない。幸い楷書かいしょに近かったので、読めた。

 <田安家 用人 大村斉慶が一子 小次郎を 大御所の直孫と認む」

 いわゆる身分証明のお墨付き、だった。

 田安家…。8代将軍吉宗が御三家に替わる将軍後継候補として建てた、御三 きょうの一つだ。

 大御所…。歴代大御所といえば、徳川家康、徳川秀忠、徳川家斉の3人だ。

 『あのサムライは、徳川家斉の隠し孫だ』

 僕は、そう判断した。サムライの姿が、江戸後期の感じだったからだ。


 さて、<大村>という名字。

 もちろん公式の徳川家系図には、大村斉慶、大村小次郎の名はないと記憶している。11代将軍家斉には50人近い子女がいたが、それは公式に認められた子女であり、事実上の子女はさらにたくさんいたと思われている。

 あのサムライは、そんなうちの一人なのだろう。ただ、そのようなお墨付きをもらっているのに、なぜ記録に残っていないのだろうか?何かしらの政治的な陰謀に巻き込まれ、闇から闇へ葬られたのだろうか?ひとりの高貴な人間があんな山中で命を落とし、歴史の闇に消えたんだなあ、と感慨に耽った。


 喉が乾いた。コーヒーを入れよう…、あ、そうだ、電気もコーヒーメーカーもなかったんだ。

 自室を出て、驚いた。

 台所に母がいた。炊飯器がシュンシュン湯気を起てている。弟が部屋でテレビゲームをしている。父が帰宅して晩酌をし始めた。

 外に出ると、目の前にマンション。近くに駐車場、銀行があった。

 そう、現代の本来の風景に戻っていた。いったいどうなっているんだ。まるで狐につままれたよう。

 僕は、机の上の箱を見た。ひどく重要な歴史の遺物を拾ったものだと興奮していたが、その熱気がすっかり冷めていた。


 前回タイムトンネルに入った時は、拾い上げなかった。今回は、拾い上げた。

 つまり、これは、僕が歴史に介入したということなのだ。自分が歴史に介入したら、本来の歴史に戻れた。介入しなかったら、歴史が変わってしまった。

 天が、自分になにかしら重大な使命を与えているような気がした。


 僕は、ふと歴史の本を開いてみた。パラパラと幕末の辺りをめくってみて、驚いた。

 ペリー来航は、載っている。日米和親条約も、載っている。しかし、その先は完全な白紙、だった。

 『あっ!安政の大獄が、ない。井伊直弼が、ない。桜田門外の変が、ない』

 僕は、おそるおそるその先、明治以降を見た。

 その先のページも、全部、真っ白だった。


 慌てて弟を呼んだ。歴史の本を見せた。

 「歴史が、消えている!」

 しかし弟は

 「アニキ、寝ぼけてる?」

怪訝けげんな顔をするだけだった。

 弟には、歴史の記述が見えているようだった。


 いったい、どういうことなんだろう?

 やがて僕が考え至ったことは、次のとおりだった。

 <天が自分に、歴史に介入して本来の歴史を実現せよと、使命を与えている>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歴史軍団・牙 第1部 よほら・うがや @yohora-ugaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ