二
数日後の期末考査最終日。
一時間目の試験監督を終え、僕は職員室へ戻ると、すぐに答案用紙の数を確認して担当の先生へ渡した。
コーヒーを淹れ、自分のデスクで落ち着く。しばらくしてから、携帯を見ようと引き出しを開けた。
しかし、どこにもない。
全部の引き出しやカバンも確認したけど……ない。
まさかとなりにお邪魔してるわけはないよな。そう思いながらちらっと確認したけれど、やっぱりなかった。
そうこうしているうちに次の時間がやってきた。とりあえず、携帯のことは保留にして、二時間目のぶんのテスト用紙を抱えて職員室を出た。
テスト終了のチャイムが鳴ると、回収した答案用紙を数えてから教室をあとにする。職員室へ戻り、一目散に向かった自分のデスクにはちゃんと携帯電話が置いてあった。
狐に摘まれた思いで僕は辺りを見渡す。
しかし、ここにいる先生方はそれぞれのことで忙しい。となりの逢坂先生でさえ、渡された答案用紙と、次に監督をするテスト用紙の確認に追われている。
僕はもう自分の気のせいだと片づけ、最後のテスト用紙に手を伸ばした。
球技大会も終われば、いよいよ夏休みだ。
ところが、僕ら教師にとっては、講義をやっていたほうが楽だったりもする。
学校は休みといっても、顧問を担っている部の活動があればもちろん参加しなきゃだし、先生自体の講習、研修、それらに伴う出張もある。学校の合同説明会や、オープンスクールの資料作成などなども。
一応、夏期休暇が五日ほどあって、交替で休むことにはなっているけど、僕はそんな日数休めないと思う。なんてたってまだ二年目だし。手当り次第、研修へ参加させられるのは目に見えている。
昼食を終えたあと、職員室の手洗い場で、僕はいつものようにお弁当箱を洗う。デスクでそれらを片づけ、携帯のメールを確認しようと引き出しを開けた。
しかし、いつかのときみたいにどこをひっくり返しても出てこない。
家に忘れてきたのかと、目を閉じて記憶を探っていたら、どこからともなくクスクス笑う声が聞こえてきた。昼食をとりに外へ行った二人が戻ってきたのだ。
「なに、翼ちゃん。悟りでも開いてんの?」
「え?」
ぱっと目を開ければ、椅子に腰かけた根津先生がまぶたを閉じて手を合わせていた。
「チーン」
「ボウズかよ」
逢坂先生は僕の背後を通り、となりの椅子へ勢いよく腰を下ろした。朝はボッサボサだった頭もこの時間になるといくらかマシになる。
きょうは、派手な半袖Tシャツを着て、脇に線の入ったジャージを穿いている。足元も変わらずきったないサンダルだ。
椅子を軋ませながら、逢坂先生は背もたれにどっぷりと浸かった。
「見た目もボウズだしな」
と、鼻で笑う。
だが、決して僕はボウズ頭ではない。くせっ毛で、湿気の多い日はとくに苦労するから、いっそボウズにしたいと思ったことはあるにせよ。
逢坂先生は、幼顔だと言いたいのだ。
どうせ、スーツを着てないと未だに高校生に見間違われますよ。カツアゲもたまにされますよ。
僕は思いっきり口を尖らせ、デスクの上の資料に目をやった。
「またかよ、これ。だれのだ?」
となりからそんな声がした。
見れば、携帯電話を手にして逢坂先生が首を傾げている。見覚えのありすぎる赤いやつだ。
「あ、それ。僕のです」
「お前のか。つうかね、渡辺先生。何度も何度もデスクを間違えないでもらえますかね」
「え?」
「こないだも置いてあったんだよ」
「ええっ!」
じろりと睨まれた。
すごすごと頭を下げてから僕は首をひねる。
たしかに、吹奏楽の合宿先の調整に、補習もあって、きょうは朝から忙しかった。ゆえに、とんでもないところへ携帯を置いてしまったのかもしれない。
いまいち自分の記憶に自信がなく、改めて逢坂先生に謝ってから携帯電話をカバンにしまった。
そうだ。いいことを思いついた。いっそのことカバンから出さないようにすればいいんだ。
ぽんと手を打ったところで、佐々木先生に呼ばれた。
午後は、二年の担任会議があるんだった。それを思い出すと、僕は必要な道具を掻き集めて、慌てて席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます