五
維新と俺は風見館へ着くと、すぐさま二階の副会長室へ乗り込んだ。
ノックもせずにドアを開ける。
本来なら、お話がありますって、執事のおっさんにアポ取ってからじゃないとダメなんだけど、昼休みの残り時間を考えたら強行突破みたいになった。
俺たちが踏み入ると、黒澤は窓のところに立っていて、優雅にコーヒータイムをしていた。
「二人揃ってとはまた珍しいな」
黒澤はこっちを見やり、とくに驚いた様子もなく、傍のデスクへコーヒーカップを置いた。俺と目を合わせたあと維新にも視線をやって、にやっとする。
藤堂さんとの悶着を思い出し、俺は維新を庇うように前へ出た。
「その様子だと話はまとまったって感じか?」
「ていうかあんた、また俺を騙したな。相棒ってなんだよ。ほんとは相手役らしいじゃん」
「相棒、相方、相手。そんなに変わらないだろ」
「変わるよ。相棒は、ある目的という棒を持ち合い、協力していろんな困難を乗り越えていくもん。つまりは横の関係。相手役ってのは向かい合うもんだろ」
「ああ──」
なるほどと、黒澤は頭を動かした。
「全教科満点は伊達じゃないってことか」
「それに女のカッコとか、最後にはき、き、き……とか。とにかく、その相手役は維新にしてもらうことに決めたから」
俺は一方的に言うと、維新の手首を取った。ここには長居は無用!
そこに黒澤の声が飛ぶ。
ああ、もう!
「ちょっと待て」
「……なんだよ?」
「俺はまだ了承すると言ってない」
「は?」
「残念だ。もう締め切ったんだ」
ええ? に、二、三日中と言ったのはどこのどいつだ!
俺がそう叫ぼうとしたら、維新が手首を掴み返してきた。
見上げれば、黒澤を見据える顔がある。
「いい加減にしてもらえますかね」
「ほう。やっと本気になってきたか。松永維新」
「いつだって俺は本気ですよ」
俺がいままで聞いた中で最も低く、怒りのこもった声を維新は出した。
……まずい。
「維新。ちょい待った」
もう片方の手でも維新の腕を取り、俺はぐいぐい引いた。
しかし、次に発せられた黒澤の言葉で、その手も止めた。
「指名に間に合わなかったということで、相手役をこれから立候補で募る。もし複数いる場合、それらの人間でレースを行い、残った者が相手役を行うこととする」
「……はあ? いやいやいや」
女のカッコをしたって俺は男だ。そのまたわけわかんないレースをしてまで、だれが相手役なんかしたいっていうんだ。
まあ、維新のことはさて置いて。
だから、立候補するやつなんていないだろうし、これですんなり決めてくれればいいんだ。
ところが、そんな俺の思いとは裏腹に、黒澤はとんでもないことを口にする。
「ああ、ちなみにそのレース、俺も出ることにしたから。よろしく」
と、俺を見下ろしたあと、維新にも目をやっていた。なにやら不敵な笑みを浮かべている。
「それと、バスケ部とバレー部の部長、知ってるだろ。さっき、その藤堂が来て、なにかで鷲尾と勝負をつけたいと相談してきたから、このレースを勧めておいた」
「ていうか、もう相手役関係ねえじゃん!」
「おいおい、卓。競争相手は多いに越したことはないだろう」
当事者の俺を置いてきぼりにして、どんどん話が進んでいる。しかも、確実におかしな方向へ……。
だって、もし維新が勝てなかったら、残ったやつと俺、き、きすしなきゃならないんだ。維新を信用しないわけじゃないけど、競争相手はバレー部にバスケ部に、本気でキレたら泣く子も黙るとか言われている副会長さまだ。
分なんかいいわけない!
おろおろしていると、俺の手から簡単に離れた維新が、黒澤に飛びかかる勢いで副会長室を進んだ。
「あんた、どうせ最初からそのつもりだったんだろ。そのくだらないレースをさせるために、あんな周りくどいことをしたんじゃないのか」
「周りくどいこと、とは?」
「とぼけるな。卓にちゃんと説明しなかったのも、わざわざ俺のところへ来たのも、煽って、こうやって仕向けるためだろ。第一、卓が俺がいいと言ってて、それを俺は承諾した。間に合う間に合わないじゃなく、こうして成立してんだから、そんなレースをわざわざする必要はない。俺たちの邪魔をするな!」
黒澤は目を据え、ふんと鼻を鳴らした。
「お前、俺に勝てる自信がないのか。だからそんなに焦って、口数も多くなってんのか。いつもの冷静な面はどうした」
「……」
「クソガキが。お前も風見原の生徒の一員なら、祭りを盛り上げるためにどうすればいいかなんて、聞かなくてもわかるだろ」
「俺も卓も生徒会じゃない。そんなこと知るかよ」
維新はくるっと体を返すと、俺の手を取ってドアへ向かった。
「なら、棄権だな」
「棄権? しませんよ。あんたのお望み通り出てやるよ」
宣戦布告ともとれる言葉を残して、維新は廊下へ出た。その手に引かれるまま、俺は階段を下りる。
重いドアを開け、外へ出たところで、維新はようやく俺の手を放した。
「あのさ、維新」
「大丈夫だ。なにも心配することない」
「わかってる。ていうかお前、レースのことも知ってたんだろ?」
「ああ」
「でもどんなレースすんだろ。それがすごく気になる……」
大丈夫だと念を押すように維新は俺の肩を叩く。
それに頷きつつも、どこかしっくりこなくて、俺は足を速めながら首をひねった。
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