四
「卓。劇の内容知らないのか?」
「うん。まだ聞いてない」
「なんだ、そういうことか。そうだよな。おかしいと思ったんだ。相棒役とか言ってるし」
「いや、でもさ。逆に維新、なんで知ってんだよ。……あ、黒澤サンに聞いたのか」
維新は首を横に振る。そして、ゴルフ部の先輩と風見祭の話になったとき、劇のこともなんとなく聞かされていたと話した。
配役や裏方は生徒会が指名する。いつだったか、これは維新とゴルフしたときに俺も聞いた。
で、維新は、ことしはその主役が俺になるんじゃないかと直感したらしい。
相手役だけは主役が選ぶというのも維新は知っていた。
「あれ、ちょっと待った。……相手役? 相棒じゃなくて?」
「……あの人、本当になにも言ってないんだな」
また視線を落とし、維新はため息を吐く。
「うん……。なんか、辞令の紙くれただけで」
「主役は主役でもヒロインだ」
「ふうん……え?」
俺は目を剥いた。
「ヒロイン? ヒロインって……女じゃん」
「そうだな」
「じゃあ、なに。俺、女のカッコして劇すんの?」
まあ、そういうことになるなと、やけに落ち着いた口調で維新は言った。
俺は絶句するしかなかった。 主役がじつは女であることと、またあの人からコケにされた事実に。
こんなガッコな上に、あんな副会長のいる生徒会がまともなことするわけないって思ってたけど、まさかの女装かよ。結局は強制なんだから、どんな役をやるかくらい、あの場で言ってもよかっただろ。
……まじで不信感しか残らない。
「毎年、同じことをしてるんだと」
「おんなじこと?」
「台本が使い回し。だから内容が同じものになる」
「……それで盛り上がんの? 二大イベントとか言われてんのに?」
「演じ手も男、観るのも男だけだと、面白味は女装か、それに伴うラブシーンだけになるんだろ。そうすると毎年似たようなストーリー展開になるから、いっそ同じものにするかってなったらしい。クソくだらないけど」
維新は吐き捨てるように言ったあと俺と視線を合せた。
「それでどうする? 俺としては、相手役云々の前にそんな劇自体やらせたくないというのが本音だ。けど、生徒会の決定事項ならどうしようもない」
「つき合ってくれんの?」
「……」
「やるなら、維新とがいいに決まってるじゃん。でも……」
視線を下へ向けると、維新の左手が動いて、俺のうなじに指がかかった。
「でも?」
「ううん。やっぱ一緒がいい」
「わかった」
「つかさ、さっき言ってた最後のシーンて……」
あごも下がっていたところを捉えられる。上を向けさせられ、唇を啄まれた。
その離れ際、維新が教えてくれる。
「これが最後のシーン」
「ほんとくだらねえ」
「だな」
「女装然り、なにが楽しくて男のんなもん、見たがるんだろ」
「ああ、それな」
一緒になって苦笑していた維新が、かがめていた腰をはたと起こした。なにかを思案するように目を上げ、ズボンの後ろポケットから携帯を出す。
時間の確認をしているらしい。
「そろそろ教室へ戻る?」
「いや。その前に、俺がその相手役をやるって、黒澤さんへ言いに行こう」
維新は急な早口になると、そこから降りてと俺に手振りで示した。
「どうしたんだよ、一体」
「黒澤さんのところへ行ってから説明する。とにかく急ごう」
俺は維新に手を引っ張られるまま図書館の敷地から出た。
少し前を行く横顔が珍しく強張っているように見えて、俺はまた嫌な予感に襲われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます