三
「質の悪い冗談だ。本気にするな」
「もうイヤだ」
「卓」
「あんなのばっかじゃん。維新は俺のなのに!」
唇を噛む。
髪になにかが触れ、目を上げれば、ちょっとにやっとなっている顔が近くにあった。
今度は維新が俺の体を挟むように両手をつく。腰をかがめ、目線の高さを同じにする。
それから、なにか思案するように目を伏せた。
「維新……」
「卓。キレてくれてありがとな」
「……んなの、当たり前じゃん」
呟くように俺が言うと、維新の黒目勝ちな瞳がこっちを向いた。
そのまなざしの色が変わる。
なにかを欲し、それを得るための悪いことを考えているような……そんな感じ。いつもの維新とはどこか違う。
だからなのか、いろんなところがやけに敏感に反応してしまう。
きょうはなんだかやばいよ……俺。学校なのに。
「卓、ちょっと口開けろ。舌見せて」
その言葉だけで、腰が砕けそうになった。維新のワイシャツを掴む。いつもはそれほど意識しない息遣いが、近く、そして深い。
「ん……恥ずかしい。んっ」
俺がちらっと舌を出せば、それを維新は食んだ。自分のを絡めてきて、ときおり吸う。
あまりにエロすぎるその行為は、ファーストキスをこのあいだ済ませたばかりの俺には、脳みそまで蹂躙されるくらいの衝撃だった。
浅かった重なりが深いところまでいくと思わず逃げ腰になる俺の背中を、維新は抱き止めた。指先まで力を入れてがっちりと支える。
全身がおかしくなりそう。……気持ちよすぎる。
「はあ……」
唇が離れたとき、俺はようやく心底から息をついた。また、その息ごと喰むように、維新はキスをする。
今度は支えてくれるものがなかったから、テーブルへ、徐々に倒れていった。
維新の襟元を握って膝を立てる。
逃げ場がなくなると勢いすべてを受け止めるしかない。そうなると絡まりは深くなる。……ていうか、これ以上したら取り返しのつかないことになる。
「ちょ、もう、待てってっ」
維新の唇が浮いた隙に、俺は言葉を飛ばした。
「まだ足りない」
「だめだって」
維新が顔を離し、「なんで?」と目で訊く。
はっきりと答えるのが恥ずかしくて首を下げたら、維新の体がわずかに横へずれた。耳に息がかかる。唇が触れる。
「起ちそうなのか?」
「ば……っ」
「俺もやばい」
「じゃ、じゃあ──」
と、俺が肩を引いても、維新はやめてくれない。首筋にまで唇をつけて、手は腰から太ももへと移る。
俺はくすぐったいのもあって、内ももで維新の脇腹をこすった。
「い、維新てば。ほんとにもうやめろって。……ここじゃ、やだ」
「ん?」
「こんなとこ……こういうことやる場所じゃない」
「……」
ようやく維新は体を起こした。左手で後頭部を掻き、どこかへ視線を投げる。
俺は、さっきよりテーブルに深く腰かける格好で起き上がり、心の中を扇いで、腹の下にわだかまる熱を冷ました。
「意地悪ばっかり」
「そりゃあ、お前」
「……あ、怒ってる?」
維新は顔を戻して、大きく息を吐き出した。
「やっぱ黒澤サン? 劇のこと、だよな」
俺はあぐらをかいた。
テーブルの端と端を掴んだ維新はまた腰をかがめ、無言で頷いた。頭のてっぺんを見せる。
「相棒役の話……したんだ」
「それはそれは嬉しそうにしていたよ。卓は自分を選んだんだと」
「なにそれ。……まあ、選んだことは選んだけどさ」
「あの人、そんなに俺をキレさせたいのかね」
目の前にある頭のてっぺんを俺はポンポン叩いた。
「ごめん。維新が忙しそうだったから、黒澤サンで妥協しようと思ったんだ」
「あの人だって忙しいだろうが」
「そうだけど、バンドのほうは片ついたって言うし。風見祭の成功には劇は大事なイベントで、生徒会も力を入れてるらしいし。そんな重荷を、ゴルフ部のことも芋煮のこともある維新には頼めなかった」
「それでも相談ぐらいはできるだろ」
と言ってすぐ、維新は頭を振った。額に手を当て、「だめだ」とこぼす。
「またあれだ。ガキかって言われるな、これじゃあ。嫉妬ばっかのガキ」
「維新」
「けど、好きなやつがなんの相談もしてくれなくて、他の男からあんなふうな勝手を言われたら、だれだって頭にくるだろ。それに、劇の最後にはあんなシーンもあるんだ」
なにも返せず俺は目を伏せようとしたけれど、「うん?」と小首を傾げた。
「あんなシーン……て」
「ん?」
「ていうか維新。お前、どんな劇やるか知ってんの」
しばしの沈黙のあと、維新はぱっと顔を上げた。俺の二の腕を同時に掴む。
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