しむけ
一
黒澤に相棒役をしてもらうことで俺は腹を決めたから、維新にはなにも話さず、次の日は過ごした。といっても、祝日だったけども。
二、三日中と黒澤は言っていたから、最終的な話は休み明けにしようと思っていた。
問題は、その休み明けであるきょう。
維新が朝からものすごく不機嫌なのだ。
俺が話しかけても生返事しかしない。しかもメイジは朝寝坊して、家に迎えに来たのが維新だけだったから、話しかける以外はどうすることもできなかった。
きのうなにがあったんだろう?
昼に会ったときはいつもと変わらない様子だった。だとすると、そのあとゴルフ部でなにかがあったんだ。
俺は、メイジにそれとなく訊こうと思って、二時間目後の休憩時間に廊下へ連れ出した。
メイジは、辺りを確かめるように目をやってから、俺に耳打ちした。
「きのう、うちの部に黒澤さんが来たんだ」
「えぇえ?」
思わず大声が出た。
メイジが人差し指を口に当てる。
「でけえよ、声」
「ごめんごめん。ん? ……黒澤サン、メイジに会いに行ったの?」
そういえばあの人、いまはメイジをターゲットにしているんだ。
だから、とうとう行動へ移したのかと思ったけど、それは違うとすぐに気づいた。メイジに話があって黒澤が行ったなら、あんなに維新が不機嫌になるわけがない。
俺は首をひねった。
メイジが笑いながら言う。
「黒澤さんがなんで俺に会いに来るんだよ」
「う……うーん」
メイジに覚えがなくても、こっちとしては多少の心当たりがあるから、完全な相槌は打てない。
だからといって、黒澤は男が好きで、いまはメイジを狙っているんだとも言えない。
「うちの部長に用があって来たらしいんだけどさ、帰り際に維新とも話してたんだよ。そのあとぐらいからなんだよな、あんな感じになったの」
まじで嫌な予感しかしなかった。
あの人、ゼッタイ維新に余計なことを言ったんだよ。相棒役のことで!
俺はじだんだ踏みつつ、昼休みにちょっと出かけてくる旨をメイジに伝えた。
きのう維新になにを話したのか、まず黒澤に訊かないと、こっちもどうにも出れない。やぶ蛇にだけはなりたくなかった。
昼休みを告げるチャイムとともに、俺はご飯もそっちのけで風見館へ向かった。
ただ劇をするだけなのに、どうしてこうもややこしいことになってるんだろう。内容も知らないいまからこんなんじゃ、先行き不安がぷんぷん匂う。
生徒玄関を出て、校門までにある英国風ガーデンを突っ切る。二本のぶっとい門柱から張られている扉を開けた。
学業時間内だから門は一応閉まってある。でも鍵はかかってない。
校門を出て、風見館を仰ぎながら土塀の前を歩いていると、後ろから声がかかった。
「中野クンやんか」
「……あ、関西サン」
バスケ部部長の藤堂さんだった。俺の中での通称、関西サン。じいちゃんのガーデンの植え込みから姿を現し、俺へと駆け寄ってくる。
「奇遇やな。こないなとこで会うなんて」
「関西サンも風見館に用ですか」
「おお、そやねん。つか、なんや。その関西サンて」
本人を目の前にして、ついアダ名を出していたことにバツが悪くなって、俺は慌てて手を振った。
「あ、いえいえ。そうでした、藤堂さんデシタ」
「なんやお前。おもろいな」
「え? ……ていうか、藤堂さんはもしかして、バレー部とのことで?」
俺は目を上げ、風見館を見やった。
藤堂さんもその純白の建物を見上げて頷いた。
「おう。ようわかってんな。ちょい生徒会に相談があんねん」
……相談?
あごに手をやり、俺は小首を傾げた。
だったら、ここでバスケ部とバレー部のことを訊いても差し支えないかな。
「あのぅ、藤堂さん」
「ん?」
「バスケ部とバレー部って、どうしてそんなに仲が悪いんですか」
「どうしてって。なんちゅうか、日々のうっぷんの積み重ねか。しゃあないねん、こればっかりは。あいつとは相性が合わん」
「それでもケンカはあかん。ですよ」
ゼッタイよくないと、俺は胸の前でバッテンを作って、うんうん頭を動かした。
すると、それまで風見館の門へと向いてた藤堂さんの体が俺の背後の土塀と平行になった。
少し距離を詰めてくる。
「自分、心配してくれてんの?」
そりゃあ心配だ。
今度はだれが巻き込まれ、それによってケガさせられるのかわからない。傍迷惑なのもいいところだ。
俺はそう注意するつもりで頷いたのに、藤堂さんはなにを勘違いしたのか、ものすごい笑顔になってもっと近づいてきた。
「かわいいな、お前。初めておうたときから思ててんけど」
「は? ちょっ、近ぇし」
てか、話の方向がおかしなところに……。
「なんで? ええやん」
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