病院送り
一
さもつまらなさそうに目を閉じ、ミケはコンクリートの上で伏せをしていた。
謝りながら、電灯の足から綱を外す。その途端、ミケは鉄砲玉みたいに飛び出し、俺を先導し始めた。
道へと戻る階段を下りながら、さっきの黒澤とのやりとりを思い出す。
断じて、どきどきはしてない。けど、意外な一面に釘づけになったのはたしかだ。ただ、奥芝さんやジョーさんが楽器を弾いていて、それを目の当たりにしても、ああなるとは思う。
「うん?」
少し歩いてから気づいた。来るときと道が違う。
この学校は本当に人を迷子にさせる。いちいち木が多くて見通しも悪いから、こういうふうにすぐ迷ってしまう。
とりあえず道なりに進んでみると、なにかの建物が見えてきた。
第一体育館に形が似ている。それから察するに、第二か第三体育館だろう。
正面の入り口に人が集まっていた。一様に館内を覗いていて、困ったというような顔をしている。
俺はミケを連れて、体育館の脇へ回った。二つの出入口はどっちも開放されてある。
ここには人がおらず、俺は近づきながら中へ目をやった。
「だーかーら。なんなんだよ、この当番表! インチキだろが!」
「なにがや。インチキちゃうわ。こないだそっちがケンカふっかけよったバツやろが!」
──関西弁?
聞こえてきたイントネーションに首を傾げつつ、俺は入り口から顔を出した。
「ええ加減にせえ!」
そんな怒号とともに、何人かの叫び声が上がる。
危ない、という声もあって、なんだろうと、俺はきょろきょろした。
そこへ視界に飛び込んできた、大きくて丸いもの。俺は避ける間もなく、頭に受けた。
一瞬、周りの音が聞こえなくなって、気づくと倒れていた。起き上がろうとしても頭がくらくらで、全身を普通に保っていられなかった。
「あかん。起きたらあかんで。そのままじっとや」
駆け寄ってきた人を見上げる。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
どういう状況か、俺はいまいちわかっていなかったけど、とにかく立ち上がって大丈夫と言わなきゃと思った。
「鷲尾、先生呼んできて。あと、だれか濡れタオル頼む」
駆け寄ってきた人が周りへ声を飛ばす。
俺はどうしても立ち上がりたかった。でも、自分はどうしちゃったんだろうと思うくらい、体がいうことを聞かない。
「めーわくかけられ──」
なんだか舌も回らない。
「だからあかんて。動きよんなや。悪いのは俺なんやから、お前はじっとしとけって」
「藤堂。大丈夫かな、この子」
まただれかがやってきた。知らない顔が、三つ四つと目に入る。
みんな、すごく心配そうにしている。
「わからん。たぶん脳震とうちゃうかな」
「あーあ。ケイちゃん、悪いんだー。こりゃあ、生徒会に知れて、即しばき決定!」
「ああ、そやそや俺のせいや。なんとでもゆえや。それよりタオルはまだか」
「いま見てくる」
そんな会話を耳にしながら、俺は空を仰いだ。
維新の顔を思い浮かべる。
……あいつ、いまなにしてるんだろ。なんだか、ものすごく会いたい。
だって、なにか大変なことが起こる予感しかしないんだ。……あ、悪寒かも。
とりあえず、これから救急車に乗るだろう予感はある。
そして──。
なんて思っているうちに、俺は担架に乗せられ、どこかへ運ばれた。
遠くで、サイレンの音がした。
俺は、学校から一番近い総合病院へ救急車で運ばれた。
病院へ着いたときには、あのくらくらはなくなっていて、いろいろ検査されたあとは、自分で歩けるくらいに回復していた。
つき添いの先生とともに診察室を出る。その頭には包帯が巻かれてある。
検査結果が出るまで、病棟の個室で待機となった。そこへと移動していると、藍おばさんとじいちゃんがやってきた。
「たっくん!」
「卓!」
二人とも、この世の終わりみたいな青い顔をしている。
……当たり前か。だって、救急車だもん。
だから、あのとき意地でも立ち上がりたかった。こういうふうに心配させたくなかったから。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。じいちゃんもごめんな。忙しいのに」
「なにがだ。報せを聞いたときは、心の臓が止まるかと思ったぞ」
「たぶん軽い脳震とうだよ。平気、ヘーキ」
じいちゃんは、つき添いの先生からも事情を聞いていた。
うーん。やっぱ大事になってるし。
俺は一抹の不安を覚え、藍おばさんに縋るように視線をやった。
「お願いがあるんだけどさ」
「なあに?」
藍おばさんは、着物の合せを直しながら、じいちゃんから俺へ目を動かした。
「このこと、ママには内緒にしてて」
「え?」
「お願い。じいちゃんにもそう言って」
俺は手を合わせた。ママに知れたら、めちゃくちゃ叱られる。
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