四
学舎エリアから道路を挟んで向かいには、室外球技部の合同部寮がある。レンガ造りで二階建ての立派な寮だ。
サッカー部と野球部が入る室外球技部。メジャー中のメジャーなスポーツだけに、部員数も多い。部寮の裏には、サッカーグラウンドと、防護ネットが張られてある球場がある。
室外球技部エリアは、川を挟んで、じいちゃんちのとなりになるから、いつも賑やかな声が聞こえていた。垣根に隔たれて、その様子を見ることはできていなかったけれど。
レンガ造りの部寮を過ぎ、ちょっとした広場に差しかかる。英国ガーデンを模した広場だ。じいちゃんの趣味のガーデニングが、存分に披露されてある。
生徒玄関から校門までにも英国ガーデン風の前庭がある。なのに校舎が、日本の城をモチーフとして造られているから、チグハグ感が半端ない。
この、じいちゃん作の英国ガーデン広場の向かいが風見館になる。白い土塀と、純白の、一見明治時代に建てられたような二階建ての洋館が、およそ学校には必要ないエキゾチックムードをだだ漏れさせている。
ここにも立派な庭がある。
俺はミケを連れて、自分の背よりはるかに高い塀の前を通った。
だいぶ奥へ進んだところに風見館の門がある。大きさは違えど、校門と同じデザインだ。
それが珍しく開いていた。通りすぎがてら、門柱から中を覗くと、庭にだれかがいた。
あの人かと思って、俺は一瞬身構えたけど、こっちを振り向いた顔は違った。
たしか、刈入れ行事の日に見た書記の人だ。でも名前は思い出せない。
目が合った。俺は慌てて会釈し、門から離れた。
あの人も、背は高いけど、いわゆる中性的という部類に入ると思う。
しかし、マキさんとミツさんとは毛色が違う。
切れ長の目に、薄めの唇。……ああ、そうか。あれだ。和服が似合う感じだ。
うんうんと頷いて、俺は先へと進む。こっちのほうへは初めて来るなと、きょろきょろしながら歩いた。
風見館のとなりには、小径を挟んで、赤レンガの塀に囲まれた図書館があった。
というか、図書館なら校舎の中にもあるし、こっちにも作る必要はあるのだろうか。
首を傾げながら覗くと、芝生の前庭にいくつか東屋があって、外でも読書ができるようになっていた。
図書館の向かいは、球場とサッカーグラウンドだ。この時間だからか人の姿は見えない。
俺は少し戻って、ミケと一緒に、じいちゃん作のガーデン広場を散策した。
ところどころに妖精さんの置き物とかある。ベンチもあるし、テーブルセットも置いてあった。
ここで、お紅茶とおケーキでも食べたら、気分はすっかりブルジョアか?
なんて笑いつつ、ひと通りを眺めた。
農業部へ戻ろうと広場を出たとき、風見館の向こうにちらっと見える建物に、俺は気づいた。
白っぽい灰色の外観で、角張っている。
あれの正体をたしかめようと、俺は足を伸ばしてみることにした。
図書館の角を曲がると、奥に、横に長い階段が現れた。
きっと講堂だ。
前にちょっとだけ聞いたことがある。コンサートホール並みに設備が整っている講堂があるって。
俺は、ミケを急かすように早足で階段を上がった。
そこは学校の講堂だから、大きさはそれほどないにせよ、出入口より前に立っている四本の支柱が魅せる雨避けは、ミュージアムみたいなポーチを作っている。
柱の向こうの三つある入り口の二つは鍵がかかっていた。
一番端のドアを開けると、靴ふきマットがあって、その先の足元は絨毯になっていた。
今度は左右にある重めのドアを開く。
堰を切ったように大音量がぶつかってきた。あまりの衝撃に、後ろへ倒れそうになる。
俺は一旦閉めて外へ戻り、ミケの綱を、ポーチ脇に立っているタッパのある電灯ヘ括りつけた。
「ごめん、ミケ。ちょっと中覗いてくるから、待ってて」
だれがなにをしているのか気になって、俺はもう一度あの重いドアを開けた。
腹まで響くドラムとベースの音、耳をつんざくギター。ほかにもこまごま、なにかの楽器の音がする。
明るい外から入ったこともあるし、この中が薄暗がりだから、俺はしばらく周りがよく見えなかった。
ステージにだれかがいるのはわかる。薄い照明の下、黒い服でいるから、それは影にしか見えない。
映画館のようなシートは、若干、斜め下へ向かって並んでいる。通路は壁際で、俺はそこに立ち、じっと見下ろす。
マイクスタンドの前に立ったその人は、ギターを肩から下げ、一旦音を止めた。
そして、後ろにある機械を操作して、また音を流し始めた。アンプってやつにも目をやっている。
さっきよりもテンポが早い。少しだけ音に慣れてきた。
ギターの音は、目の前の動きとリンクしているから、たぶんあの人が出しているんだと思う。
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