学舎エリアから道路を挟んで向かいには、室外球技部の合同部寮がある。レンガ造りで二階建ての立派な寮だ。

 サッカー部と野球部が入る室外球技部。メジャー中のメジャーなスポーツだけに、部員数も多い。部寮の裏には、サッカーグラウンドと、防護ネットが張られてある球場がある。

 室外球技部エリアは、川を挟んで、じいちゃんちのとなりになるから、いつも賑やかな声が聞こえていた。垣根に隔たれて、その様子を見ることはできていなかったけれど。

 レンガ造りの部寮を過ぎ、ちょっとした広場に差しかかる。英国ガーデンを模した広場だ。じいちゃんの趣味のガーデニングが、存分に披露されてある。

 生徒玄関から校門までにも英国ガーデン風の前庭がある。なのに校舎が、日本の城をモチーフとして造られているから、チグハグ感が半端ない。

 この、じいちゃん作の英国ガーデン広場の向かいが風見館になる。白い土塀と、純白の、一見明治時代に建てられたような二階建ての洋館が、およそ学校には必要ないエキゾチックムードをだだ漏れさせている。

 ここにも立派な庭がある。

 俺はミケを連れて、自分の背よりはるかに高い塀の前を通った。

 だいぶ奥へ進んだところに風見館の門がある。大きさは違えど、校門と同じデザインだ。

 それが珍しく開いていた。通りすぎがてら、門柱から中を覗くと、庭にだれかがいた。

 あの人かと思って、俺は一瞬身構えたけど、こっちを振り向いた顔は違った。

 たしか、刈入れ行事の日に見た書記の人だ。でも名前は思い出せない。

 目が合った。俺は慌てて会釈し、門から離れた。

 あの人も、背は高いけど、いわゆる中性的という部類に入ると思う。

 しかし、マキさんとミツさんとは毛色が違う。

 切れ長の目に、薄めの唇。……ああ、そうか。あれだ。和服が似合う感じだ。

 うんうんと頷いて、俺は先へと進む。こっちのほうへは初めて来るなと、きょろきょろしながら歩いた。

 風見館のとなりには、小径を挟んで、赤レンガの塀に囲まれた図書館があった。

 というか、図書館なら校舎の中にもあるし、こっちにも作る必要はあるのだろうか。

 首を傾げながら覗くと、芝生の前庭にいくつか東屋があって、外でも読書ができるようになっていた。

 図書館の向かいは、球場とサッカーグラウンドだ。この時間だからか人の姿は見えない。

 俺は少し戻って、ミケと一緒に、じいちゃん作のガーデン広場を散策した。

 ところどころに妖精さんの置き物とかある。ベンチもあるし、テーブルセットも置いてあった。

 ここで、お紅茶とおケーキでも食べたら、気分はすっかりブルジョアか?

 なんて笑いつつ、ひと通りを眺めた。

 農業部へ戻ろうと広場を出たとき、風見館の向こうにちらっと見える建物に、俺は気づいた。

 白っぽい灰色の外観で、角張っている。

 あれの正体をたしかめようと、俺は足を伸ばしてみることにした。

 図書館の角を曲がると、奥に、横に長い階段が現れた。

 きっと講堂だ。

 前にちょっとだけ聞いたことがある。コンサートホール並みに設備が整っている講堂があるって。

 俺は、ミケを急かすように早足で階段を上がった。

 そこは学校の講堂だから、大きさはそれほどないにせよ、出入口より前に立っている四本の支柱が魅せる雨避けは、ミュージアムみたいなポーチを作っている。

 柱の向こうの三つある入り口の二つは鍵がかかっていた。

 一番端のドアを開けると、靴ふきマットがあって、その先の足元は絨毯になっていた。

 今度は左右にある重めのドアを開く。

 堰を切ったように大音量がぶつかってきた。あまりの衝撃に、後ろへ倒れそうになる。

 俺は一旦閉めて外へ戻り、ミケの綱を、ポーチ脇に立っているタッパのある電灯ヘ括りつけた。


「ごめん、ミケ。ちょっと中覗いてくるから、待ってて」


 だれがなにをしているのか気になって、俺はもう一度あの重いドアを開けた。

 腹まで響くドラムとベースの音、耳をつんざくギター。ほかにもこまごま、なにかの楽器の音がする。

 明るい外から入ったこともあるし、この中が薄暗がりだから、俺はしばらく周りがよく見えなかった。

 ステージにだれかがいるのはわかる。薄い照明の下、黒い服でいるから、それは影にしか見えない。

 映画館のようなシートは、若干、斜め下へ向かって並んでいる。通路は壁際で、俺はそこに立ち、じっと見下ろす。

 マイクスタンドの前に立ったその人は、ギターを肩から下げ、一旦音を止めた。

 そして、後ろにある機械を操作して、また音を流し始めた。アンプってやつにも目をやっている。

 さっきよりもテンポが早い。少しだけ音に慣れてきた。

 ギターの音は、目の前の動きとリンクしているから、たぶんあの人が出しているんだと思う。

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