「じゃあ、奥芝さんとミツさんがマキさんの知らない話とかしてたら、マキさん、どうなっちゃいますかね?」


 なるたけさりげなく、そこにはなんの意図もないことを強調しながら、俺は本題に触れてみた。

 奥芝さんは手を振り、小さく吹き出す。


「どうにもなんないでしょ。みっちゃんのことを一番知ってるのは、お兄ちゃんであるまーちゃんだし、かといって、俺のことなんかもっとどうでもいいよ。だから、のけ者にされるなら俺のほう。まーちゃんはぜん息持ってるから、まーちゃんのほうが心配だしさ。俺もみっちゃんも」


 やっぱりと、俺は思った。

 奥芝さんには自覚がないんだ。マキさんがここを離れた真の理由にも。あの心を乱していた大体の原因が、じつは自分にあることだって気づいていない。


「てか、卓。なんか悩みでもあんの? そんなこと俺に聞いて」


 すごく真面目な顔で訊かれてしまった。

 そういうんじゃないんですと、俺が手を振ったとき、どこからともなく、べつな声が飛んできた。


「卓!」

「げっ」


 俺は肩をすくめた。

 本当は見つからないうちにミケの話をして、さっさと散歩へ連れて行こうと思っていたのに。


「卓ー」


 振り返ってみると、目尻を下げたジョーさんが両手を広げながら迫ってきていた。

 俺は近くに転がっていた木刀を持って、ジョーさんへ向ける。

 その足がぴたりと止まった。


「それ以上近づくな」

「んでだよ、卓。つれねえなあ。久しぶりに会うってのに」


 ジョーさんは唇を尖らせ、両手を下ろした。肩も落としている。

 しゅんとしている姿に安心して、俺が木刀を下ろすや、ジョーさんは飛びついてきた。

 簡単に拘束される自分が恨めしい……。

 俺は体をよじり、なんとか背中を向けた。


「やっぱこのサイズだよな。癒やされるー」

「やめろって。キモいんだよ!」

「真紀も光洋もいいサイズなんだけどさ、あいつら、すぐ俺の腹に肘鉄食らわすからヤなんだよ」

「んなの、当たり前だっつうの!」


 俺だって、あの人たちくらい俊敏で、先の読める技術があったらそうしてるわ。

 心底、ここに維新がいなくてよかったと思った。いたらすぐに助けてもらえるだろうけど、キレたあとのあいつはなにかとめんどくさい。

 奥芝さんを見上げると、なにやらジェスチャーした。……どうやら、さっきミツさんが奥芝さんにしたようにすれと言っているみたい。

 よし。

 俺は視線を下げ、標的をロックオン。ジョーさんのすね目がけて足を振り下ろした。


「いってー!」


 ようやく腕が離れる。

 目を上げると、奥芝さんが親指を立ててグッジョブしてくれた。

 木刀を持ったまま、俺は両手の親指を立てた。


「卓~。てめえ」


 すぐに復活したジョーさんの声が聞こえ、俺は反射的に、奥芝さんの大きな体の向こうへ隠れた。


「違う違う。奥芝さんがやれっつったの!」

「ああ? 奥芝……てめえ」


 目が三角になっている。ジョーさんは、奥芝さんの胸倉を掴まんばかりの勢いで近づいてくる。


「ち、違いますよ。先輩」

「ああ?」

「いや。まじ、すんません」


 奥芝さんが素直に謝ると、ジョーさんはふんと鼻を鳴らして、またすねをさすった。


「ったくよ。手加減なしだもんな」

「だって、そっちが悪いんじゃん」

「ちっ。……つか、卓。こんな朝早くからどうした」


 背を伸ばしたジョーさんは、急にしおらしくなって訊いてきた。

 こっちはまだ気を許せず、奥芝さんの後ろから声を出す。


「なんか、早くに目ぇ覚めちゃったんで」

「なんだ、眠れなかったのか? 大丈夫か?」

「大丈夫かって……そんな。ただ、ゆうべ八時に寝ちゃったからで」

「ああ、そういうことか」


 俺は首を傾げた。

 それを見て、ジョーさんは少し暗い顔をして言った。


「いやさ、あいつら……真紀と光洋な。あいつら、寝つきが悪いから、お前もそうなのかって心配になっちまって」

「……」

「見た目とか、いろいろ似てんなと前々から思ってたから、そういう変なとこ繊細なのも似てんのかなって。けど、違ったみたいだな」

「ま、八時に寝れるんで。そこは」


 俺が笑って言うと、ジョーさんも奥芝さんも笑顔になって、納得、納得と頷いていた。


「あ、そうだ。風見祭で、農業部と生徒会でバンドやるって、ほんとですか?」

「おー、まじまじ」


 俺は奥芝さんにも目をやって、具体的になんの楽器をやるのか訊いた。

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