二
「じゃあ、奥芝さんとミツさんがマキさんの知らない話とかしてたら、マキさん、どうなっちゃいますかね?」
なるたけさりげなく、そこにはなんの意図もないことを強調しながら、俺は本題に触れてみた。
奥芝さんは手を振り、小さく吹き出す。
「どうにもなんないでしょ。みっちゃんのことを一番知ってるのは、お兄ちゃんであるまーちゃんだし、かといって、俺のことなんかもっとどうでもいいよ。だから、のけ者にされるなら俺のほう。まーちゃんはぜん息持ってるから、まーちゃんのほうが心配だしさ。俺もみっちゃんも」
やっぱりと、俺は思った。
奥芝さんには自覚がないんだ。マキさんがここを離れた真の理由にも。あの心を乱していた大体の原因が、じつは自分にあることだって気づいていない。
「てか、卓。なんか悩みでもあんの? そんなこと俺に聞いて」
すごく真面目な顔で訊かれてしまった。
そういうんじゃないんですと、俺が手を振ったとき、どこからともなく、べつな声が飛んできた。
「卓!」
「げっ」
俺は肩をすくめた。
本当は見つからないうちにミケの話をして、さっさと散歩へ連れて行こうと思っていたのに。
「卓ー」
振り返ってみると、目尻を下げたジョーさんが両手を広げながら迫ってきていた。
俺は近くに転がっていた木刀を持って、ジョーさんへ向ける。
その足がぴたりと止まった。
「それ以上近づくな」
「んでだよ、卓。つれねえなあ。久しぶりに会うってのに」
ジョーさんは唇を尖らせ、両手を下ろした。肩も落としている。
しゅんとしている姿に安心して、俺が木刀を下ろすや、ジョーさんは飛びついてきた。
簡単に拘束される自分が恨めしい……。
俺は体をよじり、なんとか背中を向けた。
「やっぱこのサイズだよな。癒やされるー」
「やめろって。キモいんだよ!」
「真紀も光洋もいいサイズなんだけどさ、あいつら、すぐ俺の腹に肘鉄食らわすからヤなんだよ」
「んなの、当たり前だっつうの!」
俺だって、あの人たちくらい俊敏で、先の読める技術があったらそうしてるわ。
心底、ここに維新がいなくてよかったと思った。いたらすぐに助けてもらえるだろうけど、キレたあとのあいつはなにかとめんどくさい。
奥芝さんを見上げると、なにやらジェスチャーした。……どうやら、さっきミツさんが奥芝さんにしたようにすれと言っているみたい。
よし。
俺は視線を下げ、標的をロックオン。ジョーさんのすね目がけて足を振り下ろした。
「いってー!」
ようやく腕が離れる。
目を上げると、奥芝さんが親指を立ててグッジョブしてくれた。
木刀を持ったまま、俺は両手の親指を立てた。
「卓~。てめえ」
すぐに復活したジョーさんの声が聞こえ、俺は反射的に、奥芝さんの大きな体の向こうへ隠れた。
「違う違う。奥芝さんがやれっつったの!」
「ああ? 奥芝……てめえ」
目が三角になっている。ジョーさんは、奥芝さんの胸倉を掴まんばかりの勢いで近づいてくる。
「ち、違いますよ。先輩」
「ああ?」
「いや。まじ、すんません」
奥芝さんが素直に謝ると、ジョーさんはふんと鼻を鳴らして、またすねをさすった。
「ったくよ。手加減なしだもんな」
「だって、そっちが悪いんじゃん」
「ちっ。……つか、卓。こんな朝早くからどうした」
背を伸ばしたジョーさんは、急にしおらしくなって訊いてきた。
こっちはまだ気を許せず、奥芝さんの後ろから声を出す。
「なんか、早くに目ぇ覚めちゃったんで」
「なんだ、眠れなかったのか? 大丈夫か?」
「大丈夫かって……そんな。ただ、ゆうべ八時に寝ちゃったからで」
「ああ、そういうことか」
俺は首を傾げた。
それを見て、ジョーさんは少し暗い顔をして言った。
「いやさ、あいつら……真紀と光洋な。あいつら、寝つきが悪いから、お前もそうなのかって心配になっちまって」
「……」
「見た目とか、いろいろ似てんなと前々から思ってたから、そういう変なとこ繊細なのも似てんのかなって。けど、違ったみたいだな」
「ま、八時に寝れるんで。そこは」
俺が笑って言うと、ジョーさんも奥芝さんも笑顔になって、納得、納得と頷いていた。
「あ、そうだ。風見祭で、農業部と生徒会でバンドやるって、ほんとですか?」
「おー、まじまじ」
俺は奥芝さんにも目をやって、具体的になんの楽器をやるのか訊いた。
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