おさんぽ



 刈入れ行事から三日がたった日曜、俺は珍しく、朝早くに目が覚めた。

 時刻は五時半。

 じいちゃんがめちゃくちゃ早起きだから、うちの朝はもともと早い。台所へ行ったら、もう朝ごはんができてあった。

 じいちゃんと藍おばさんに、きょうは雪が降るんじゃないかと言われながら、純和風の朝ごはんを食す。

 そのあと、身支度を整えて、俺は散歩に出かけた。

 広い庭と校門前から伸びる道路との境目の小川にかかる橋を歩いて渡る。

 このあいだ刈り取った稲は全部はさになって、農道に並んでいる。日曜だからか、意外と静かな道路を、てくてく歩いた。

 その道中、ミケのことを思い出して、もしまだだれも散歩に連れていってなければ、自分が行かせてもらおうと、農業部の坂を登った。

 くねったところで、上から、細いなにかがぶつかリ合う音が聞こえた。

 なんだろうと、少し足を速める。

 農業部の寮である茅葺きの一軒家の前には、コンクリートの広い庭がある。そこで、ミツさんと奥芝さんが、木刀を手にチャンバラをしていた。

 いや、チャンバラというとお遊びみたいだけど、少なくとも奥芝さんは、真剣にミツさんの攻撃を受け止めたりかわしたりしている。

 ミツさんは余裕だ。笑みさえ浮かべている。

 あんなに体格差があるのに、簡単に払いのける。

 遠慮して、奥芝さんが手加減しているわけじゃない。ミツさんがすごいんだ。

 木刀が重なり、二人は近づく。

 ミツさんは強く踏み込むと、半身になり、奥芝さんの木刀を押し下げた。にやっとする。

 そして、次の行動になかなか移せない奥芝さんのすねを蹴った。


「いってぇ!」


 奥芝さんは木刀を投げ捨てるとミツさんに蹴られたすねを抱え、ケンケンでグルグル回り始めた。

 気の毒だけど、俺も思わず笑ってしまった。


「みっちゃん、ずるっ」

「なにがずるいか。足元がお留守なお前が悪ぃんだろうが。常にぜんぶに気ぃ張っとけ」

「あうー」


 一段落ついたみたいだから、二人へ近づいていくと、ミツさんがまず手を上げた。


「おう、卓」

「おはようございます」


 俺は笑いながら会釈して、ヒーヒー言っている奥芝さんにも挨拶した。


「大丈夫っすか?」

「卓に格好悪いとこ見られちゃったな」

「いやいや、それまではなかなか格好よかったですよ?」

「え、そう?」


 まだ足をさすりながら、奥芝さんは、黒と茶色の長髪を撫でた。きょうは上のほうで纏めてあるから、ツーブロックがよくわかる。

 ミツさんにも、俺は目をやった。柔らかい笑みを湛え、奥芝さんを見つめている。


「あの、たとえばなんですけど、マキさんとミツさんがいまみたいに闘ったら、どっちが強いんですか?」


 俺は思いきって訊いたのに、ミツさんは奥芝さんを見下ろしたまま。

 でも、すぐにはっとなって、こっちへ視線を向けた。なにごともなかったというように、ミツさんは木刀を肩に乗せ、腰に手を当てた。


「悪ぃ、聞いてなかった」

「マキさんとミツさんはどっちが強いんですか? 一戦交えたら」


 ミツさんは険しい顔から考えるような目になった。


「さあな。決着なんてつかねえだろ。俺の手は向こうも知ってるし、俺もあいつの手は読める。つか、いままであいつとそんなのしたことねえから、俺もどうなるかわかんね」


 もしかしたら触れていいことじゃなかったのかもしれない。和解したとはいえ、一度離れてしまったものは、やはり完全には元通りにならないのかもしれない。

 それが強固な絆であればあったほど。

 俺が黙っていると、ミツさんは笑顔で手を振った。


「俺、そろそろシャワー浴びて、朝メシ作んなきゃ。じゃあな、卓。まあ、ゆっくりしていけ」


 こっちは振り返らずに農業部の寮へと消えていく。

 奥芝さんが俺のとなりに立った。ミツさんの後ろ姿をじっと見つめている。


「あの、奥芝さん」

「ん?」

「一つ、訊きたいことがあるんすけど……」


 表情を窺うように俺が言うと、奥芝さんは眉の動きだけで先を促した。


「奥芝さんは、マキさんとミツさんと幼なじみだって言ってましたよね?」

「うん」

「なんていうか、三人て、難しくないですか?」


 奥芝さんは間を空けてから、首を傾げた。


「──なにが?」

「あ、いや。俺も、メイジと維新とよく三人でつるむんだけど、なんつうか、メイジと維新が俺のわからない話とかすると、ちょっと嫉妬ってわけじゃないですけど、その……」

「ああ、俺だけ仲間はずれ的な? でも俺は、まーちゃんとみっちゃんが俺の知らない話してても気になんないな。ほら、向こうは家族だろ。兄弟だし。そこは、やっぱ越えられない一線があるよね」


 たしかに、そこら辺は、俺たちとは事情が違うか。

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