四
オレンジ色の頭──。そういえば、どっかで会った気がする。
それを思い出そうとしたとき、オレンジさんの後ろからメイジが顔を見せた。
「あ、津田さん。ここにいたんすか。部長が呼んでますよ」
「おっ、いま行く」
俺にもう一度目をやって、オレンジさんこと津田さんは、部屋を出ていった。
それを見届け、メイジが笑顔で俺の頭を撫でる。
「ようやく起きたな、卓。外で寝ちまったんだって? 風邪引くぞ」
「メイジがいるってことは、ここは……」
「寮だよ。維新の部屋な」
それからメイジは、維新が俺をおぶって運んできたことを教えてくれた。その維新はいま、マキさんのあとを継いだ現部長さんと話をしていて、手が離せないないことも。
俺はベッドから降りて、室内を見渡した。
さっぱり爽やか系の維新にぴったりな、ムダのない部屋だ。ベッドと、ノートパソコンのあるスタイリッシュなデスクと、細身の本棚くらいしか目立つものはない。
ちょっと考えてから俺はメイジを見上げた。
「そういえば、マキさんは?」
「ああ、お前のチャリを置いて、そのまま帰ってったらしいぜ」
「あ、自転車。やっべ」
「維新がお前をおぶってたから、市川会長が仕方なくチャリを押してきたんだとさ」
メイジが、仕方なくのところを強調して言った。
これは、あとできっちりお礼に行かないと、ネチネチと言われそう。
「メイジはマキさんに会わなかったの?」
「んー……。会長もさ、さすがに寮は入りづれーんじゃねえかな」
「そうか。そうだね」
「急に会長に決まってから、みんなにゆっくり話すこともしなかったし、やっぱ中には、それを快く思ってないやつもいるから」
維新やメイジがあんなに慕っている人なら、ゴルフだってかなり上手くて、みんなからも尊敬されていたんだろうことは推測できる。
きっと、生活態度からなにから、ここを引っ張っていってたんだろうと思う。
「見捨てられたって感じかな?」
「まあ、そこまでは思ってねえと思いたいけど……」
メイジは完全に笑みを消し、少し寂しそうな顔をした。
「俺はあのとき、メールをもらってすぐに風見館へ行って、いろいろ話したから事情はわかったつもりでいるけど、それを俺から話すわけにはいかねえじゃん。市川会長も、どっちかっつうと、多くを語りたがらない人だしさ」
「あー、そんな気する」
「だから、ミツさんともすれ違ってたわけだろ。どっちも、黙って俺についてこいっつータイプじゃん。あの顔して」
最後のところを、俺が笑って指摘すると、メイジは、「そのギャップがまたいいんだけど」と、呟くように言った。
「てかメイジ、さっきの人……」
「ああ、津田さん? うちの副部長」
「ふうん。副部長サンね。あの人、維新がネコ拾ってきたってメイジが言ってた、だってさ。メイジ、変なこと言うなよな」
「ネコには違いねえだろ」
「は? なんでだよ」
俺が顔をしかめたら、なにかを思い出したように、メイジは肩を弾かせた。
携帯を出して画面を見ている。
「それよか卓、そろそろ門限が近い」
「あ、まじ?」
俺も携帯を確認すると、その七時が迫っていた。
七時は、各部の夕食の時間だ。よほどの用がない限り、この時間までに部寮へ帰ってないとペナルティーになる。
もちろん、それは自由人の俺でも同じこと。
但し、生徒会と、生徒会の補佐を担っている農業部はこれに限らない。
ほんとは、ちゃんと維新にお礼を言って帰りたかったけれど、夜にメールすればいいかなと思って寮を出た。
外はすっかり暗い。
あのマキさんが運んでくれたという自転車に跨って帰路を行く。
夜、お風呂上がりに携帯を開くと、維新のほうからメールが来ていた。
タイトルは、風見祭がやばい、となっていた。
なにがやばいのか、維新によると、まず、夕方にゴルフ部の部長さんに呼ばれたことが書いてあった。
風見祭では、刈入れ行事のときに収穫した米でおにぎりを作ったり、グラウンドで芋煮をしたり、食堂のとなりにある芝生のガーデンで屋台を出したりする。それらに、比較的新設なゴルフ部が、先頭に立って携わることはないんだけど、何人か手伝いには駆り出されるらしい。
それに、維新が抜擢されたということだった。剣道部や柔道部などがある武道部と、ボクシング部、相撲部などがある格闘部が合同で担当する芋煮作りに。
それぞれの部にも催し物があるから、芋煮の担当は数人だろうと思われる。
そこに維新も加わるのだ。
メールの最後には、忙しくなりそうだと書かれてあった。
「夕方はごめん。そしてありがとう。武道と格闘と一緒なんてむさ苦しそう。おつかれー」
俺がそう返信すると、少し間があって、また携帯が鳴る。
「でも、うちのクラス、武道と格闘のやつほとんどいないから、この機会にいろいろ交流できて、かえってよかったのかもな。てことにしとこう。じゃ、またあしたな」
維新のメールは顔文字もなく、いつも殺風景。
でも、俺にとっては、それがむかしから知る維新らしくて、安心する。メール自体、ほんとは面倒くさいと思っているだろうから、こうして送ってくれるだけでうれしい。
「好き」という文字は、維新のメールには見られない。
そして、その理由を、俺はよく知っている。だから、この殺風景なメールさえ、ラブレター級の宝物になってしまうんだ。
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