「すみません……」

「松。ここはベッドじゃない。やるならよそでやれ」


 ドライバーをグリーンにつき、マキさんは腰に手を当てた。

 維新が頭を掻きながら立ち上がる。

 身も蓋もない、マキさんのツッコみ。俺は腰を上げるとすぐ、維新の背中に拳をねじ込んだ。

 しばし、決まりの悪い空気が流れる。

 維新は、俺のグリグリ攻撃に仰け反りつつ、マキさんに訊く。


「……ところで、きょうはどうしたんですか?」


 農業部へ出戻ったタイミングで、ミツさんが髪を茶色に染めた。そのことによって、マキさんかミツさんか、一発で判別できるようになった。

 ちなみに、二人におんなじ格好をさせても瞬時に見分けられるのは、奥芝さんとジョーさんと、黒澤だ。

 ある意味、特技だと俺は思う。

 でも、後ろ姿は判別できないな。俺の後ろ姿を見て、ジョーさんと奥芝さんは、マキさんと間違えていたんだから。


「たまには息抜きしないと、と思って。引き継ぎが忙しくて、風見館に缶詰状態だったから」

「でも、よかったよね」


 俺が言うと、マキさんは首を傾げて、なにがと訊き返した。


「ミツさんと仲直りできて」


 その大きな瞳が、わずかに細められる。


「ああ、まあ、そうだね」

「さて、それはだれのお陰でしょう?」

「卓」


 あまり調子に乗るなと、維新は咎めるように目配せをする。

 俺は口を尖らせた。

 維新にとってマキさんは、ここを離れていっても、尊敬する大事な先輩には変わりないんだ。

 悔しいけど、それは認めざるを得ない。


「いいじゃん。これぐらいのこと」

「はいはい。中野のお陰だよ。ありがとな」

「どういたしまして」

「きみにはまた世話になるかもしれないが」


 えっとなったけど、挨拶の一環だと思って、俺は流そうとした。しかし、となりの維新を見上げれば、その表情はにわかに険しくなっていた。


「維新?」

「松、ちょっと」


 マキさんが、来い来いと手招きする。


「さっきのショット、また変なクセが出てたから──」


 ああ、個別指導が始まるのかと、俺はフェアウェイから林のほうへ下がった。

 維新は、マキさんのあとについて行こうとして、はたと立ち止まった。こっちを振り返る。


「ちょっと行ってくる」

「うん。俺、ここで終わるの待ってるから」


 頑張れよーと手を振ると、維新は頷き、ゴルフバッグを担いだ。

 さらに静かになった。

 俺は、ホールの端にちょこんと腰を下ろした。

 顔を上げて、だいぶ日の傾いている空を仰ぎ見る。そのまま、頭が倒れるのに逆らわず、寝転がった。

 木々の先から茜が覗いてる。

 カラスが鳴いた。

 あー、ねむい。

 徐々に仲良くなるまぶたをどうにかしなきゃと思いながらも、俺は目を閉じた。

 しばらくして維新の声が聞こえたけど、俺の仲良しさんたちは離れることを知らなかった。





 寝返りを打って、その拍子にふと目を開けると、俺の首元にだれかの手があった。ずっとつけているあのネックレスを掴んでいる。

 てっきり維新だと思い、目線を上げたら、見たことのない顔がすぐ近くにあった。

 もう少し上を見れば、オレンジ色の髪がある。


「うわあ!」


 俺はびっくりして、がばっと起き上がった。野太い手を振り払い、足をばたつかせて壁際まで逃げる。


「なに。なんだよ、あんた。だれ?」

「ああ、ごめんごめん」


 俺は顔をしかめた。

 たしか、ゴルフ部の練習用ホールに維新といたはずなんだ。……あ、マキさんもいたか。

 それなのに、いつの間にか、見知らぬ部屋のベッドで寝ている。

 手の下には、黒いシーツのかかったマットレスと、黒白のストライプ模様の枕。そんなに広くはない、明らかにだれかの部屋だ。


「石岡がさ、松がネコを拾ってきたっつうから、どんなネコかと気になったもんで」

「ネコ?」

「なるほど、きみだったとはね。かねがね噂は聞いてるよ」


 オレンジ色の頭している人に、ウワサなんて言われても、あなたほど目立ってませんよと返したい。


「なんだよ、ウワサって」

「ん? そりゃあ、かわいいかわいい子ネコちゃんの。かわいい顔して結構な勝気だって、ね」

「ぜんぜん意味わかんねえし。てか、あんただれよ? ここどこよ?」


 目の前の男がようやく腰を起こす。

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