その山の手から道路を挟んで向こうは田んぼが広がっている。一、二年のクラスで一反ずつ持ち、それぞれの農業委員が中心となって、指導係の農家さんと一緒に管理している。

 そして、この田んぼの稲を刈るのが、明々後日に行われる刈入れ行事なのだ。

 しかも、県の中心部から招く小学生と一緒に行うらしい。


「クラスでの催し物はないんだ。風見原は、常にクラブ単位が主流だから」

「あ、そっか。じゃあ、俺ってなにもすることないんだ」

「つまらないか?」

「ううん。むしろラッキー」


 と言ってみたけど、寂しい気持ちがないこともない。でも、いまさらどの部にも入るつもりはない。

 もう少し離れたところから、俺は再びパッティングをしてみた。今度一回で入る。

 維新が拍手をしてくれた。


「で、ゴルフ部はなにすんの?」

「体験教室。ありきたりなやつだよ」

「ふーん。あ、待って。風見祭って何日間やるんだっけ?」

「一日だけ」

「一般のお客さんも来るんだよな?」


 維新は頷きながらカップからボールを拾った。


「ほかは? なんかさ、やってる俺らはあんまり盛り上がらなそうな感じがする」

「ほかの部も似たようなものじゃないか。メジャーなスポーツなら、試合を見せるとか。あとは、刈入れ行事の米を使っておにぎり配ったり、デカイ鍋で芋煮したり、屋台も出るらしい」

「へえー。なんだ、一気に楽しそうになったじゃん」

「あとは、前夜祭と後夜祭か」


 維新が空を仰いだ。それから腕時計へ視線を落とす。


「そろそろ帰る時間?」

「いや。あと一時間ぐらいだなと思って」

「その前夜祭と後夜祭ってなにすんだろ」

「前夜祭はわからないが、後夜祭は劇とライブだそうだ」

「劇? って、ここ演劇部あったっけ?」

「ない」

「……だよな」


 俺は腕を組んで首をひねった。

 維新が言うには、その劇とライブは、毎年恒例となっている風見祭のしめの二大イベントらしい。

 劇は、配役や裏方など、生徒会が人選するらしい。

 一瞬、黒澤の顔が浮かんだ。首を振って、頭から追い出すようにする。


「大とりのライブは、生徒会と農業部の混合メンバーでバンド組んで演奏するらしい」

「ほう! てか、あの人たち、なんでもできんのな」


 だけど、楽器を弾く姿とか、ぜんぜん想像つかない。

 だれが出て、なんの楽器をやるのだろう。ま、黒澤は絶対参加しないと思うけど。

 俺ははっとなった。

 またあんなやつのことを考えていたと、頭を振っていたら、維新と目が合った。

 しかし、そらされる。

 俺はむっとして、長い足の膝裏にパターの頭を当てた。これがまたいいところに入ったらしく、維新は膝カックンされたみたいになっていた。

 片膝をつき、俺を見上げる。目つきは厳しいまま、なぜかにやっと口角を上げた。


「卓、覚悟はできてるんだろうな?」

「えっ。……ちょ、待ったっ。まさか、完ぺき入ると思ってなかったからっ」


 維新の腕が伸びてきて、背中からがっちりとホールドされる。

 脇の下や腰回りが俺の弱点だと知っているから、容赦なくくすぐってくる。

 ついに耐え切れなくなり、俺は悲鳴を上げながらグリーンに背中をついた。涙も出る。


「卓」


 維新が上になった。

 俺の手首はたやすく芝生へ沈められ、そうやって開かされた胸に、風と遊んでいる髪が垂れてきた。


「いしん……」

「好きだ、卓」


 その言葉に反応し、緩んでしまった手の平に指が滑り込んできた。どんな隙間も余さないよう強く握られる。

 なにかを確認するように維新は俺と目を合わせた。

 体勢がこんなだから言いたいこともわかったし、少しくらいならいいかなとも思えたけど、空が目に入れば躊躇もする。


「うん……てかさ、ここって一応学校の敷地内じゃん。こういうことすんのやばくね?」

「だれも見てない」

「そういう問題じゃないし……あっ」


 だれかいる。俺がそう口にしたのと、維新が後ろの気配に感づいたのは同時だった。

 そこへなにかが下りてきた。維新の側頭部にぴたっとくっつく。

 ゴルフクラブのヘッドだ。しかもドライバーってやつ。


「松こそ覚悟はできてるんだろうな」


 維新が体をずらすと、ゴルフクラブを振り上げているマキさんが見えた。きょうは、真っ青なウェアを着ている。

 そのマキさんは、口では愉しそうに笑っているのに、目はぜんぜん笑ってない。

 つか、怖えし。

 維新もそれがわかったのか、慌てて俺の上から退いた。

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