二
その山の手から道路を挟んで向こうは田んぼが広がっている。一、二年のクラスで一反ずつ持ち、それぞれの農業委員が中心となって、指導係の農家さんと一緒に管理している。
そして、この田んぼの稲を刈るのが、明々後日に行われる刈入れ行事なのだ。
しかも、県の中心部から招く小学生と一緒に行うらしい。
「クラスでの催し物はないんだ。風見原は、常にクラブ単位が主流だから」
「あ、そっか。じゃあ、俺ってなにもすることないんだ」
「つまらないか?」
「ううん。むしろラッキー」
と言ってみたけど、寂しい気持ちがないこともない。でも、いまさらどの部にも入るつもりはない。
もう少し離れたところから、俺は再びパッティングをしてみた。今度一回で入る。
維新が拍手をしてくれた。
「で、ゴルフ部はなにすんの?」
「体験教室。ありきたりなやつだよ」
「ふーん。あ、待って。風見祭って何日間やるんだっけ?」
「一日だけ」
「一般のお客さんも来るんだよな?」
維新は頷きながらカップからボールを拾った。
「ほかは? なんかさ、やってる俺らはあんまり盛り上がらなそうな感じがする」
「ほかの部も似たようなものじゃないか。メジャーなスポーツなら、試合を見せるとか。あとは、刈入れ行事の米を使っておにぎり配ったり、デカイ鍋で芋煮したり、屋台も出るらしい」
「へえー。なんだ、一気に楽しそうになったじゃん」
「あとは、前夜祭と後夜祭か」
維新が空を仰いだ。それから腕時計へ視線を落とす。
「そろそろ帰る時間?」
「いや。あと一時間ぐらいだなと思って」
「その前夜祭と後夜祭ってなにすんだろ」
「前夜祭はわからないが、後夜祭は劇とライブだそうだ」
「劇? って、ここ演劇部あったっけ?」
「ない」
「……だよな」
俺は腕を組んで首をひねった。
維新が言うには、その劇とライブは、毎年恒例となっている風見祭のしめの二大イベントらしい。
劇は、配役や裏方など、生徒会が人選するらしい。
一瞬、黒澤の顔が浮かんだ。首を振って、頭から追い出すようにする。
「大とりのライブは、生徒会と農業部の混合メンバーでバンド組んで演奏するらしい」
「ほう! てか、あの人たち、なんでもできんのな」
だけど、楽器を弾く姿とか、ぜんぜん想像つかない。
だれが出て、なんの楽器をやるのだろう。ま、黒澤は絶対参加しないと思うけど。
俺ははっとなった。
またあんなやつのことを考えていたと、頭を振っていたら、維新と目が合った。
しかし、そらされる。
俺はむっとして、長い足の膝裏にパターの頭を当てた。これがまたいいところに入ったらしく、維新は膝カックンされたみたいになっていた。
片膝をつき、俺を見上げる。目つきは厳しいまま、なぜかにやっと口角を上げた。
「卓、覚悟はできてるんだろうな?」
「えっ。……ちょ、待ったっ。まさか、完ぺき入ると思ってなかったからっ」
維新の腕が伸びてきて、背中からがっちりとホールドされる。
脇の下や腰回りが俺の弱点だと知っているから、容赦なくくすぐってくる。
ついに耐え切れなくなり、俺は悲鳴を上げながらグリーンに背中をついた。涙も出る。
「卓」
維新が上になった。
俺の手首はたやすく芝生へ沈められ、そうやって開かされた胸に、風と遊んでいる髪が垂れてきた。
「いしん……」
「好きだ、卓」
その言葉に反応し、緩んでしまった手の平に指が滑り込んできた。どんな隙間も余さないよう強く握られる。
なにかを確認するように維新は俺と目を合わせた。
体勢がこんなだから言いたいこともわかったし、少しくらいならいいかなとも思えたけど、空が目に入れば躊躇もする。
「うん……てかさ、ここって一応学校の敷地内じゃん。こういうことすんのやばくね?」
「だれも見てない」
「そういう問題じゃないし……あっ」
だれかいる。俺がそう口にしたのと、維新が後ろの気配に感づいたのは同時だった。
そこへなにかが下りてきた。維新の側頭部にぴたっとくっつく。
ゴルフクラブのヘッドだ。しかもドライバーってやつ。
「松こそ覚悟はできてるんだろうな」
維新が体をずらすと、ゴルフクラブを振り上げているマキさんが見えた。きょうは、真っ青なウェアを着ている。
そのマキさんは、口では愉しそうに笑っているのに、目はぜんぜん笑ってない。
つか、怖えし。
維新もそれがわかったのか、慌てて俺の上から退いた。
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