第30話 お鍋係

 私と涼くんは、ルーとか最後のお鍋全般の担当だ。

 それはどういうことかというと。


「……涼くん、暇だね」

「……紅葉、暇だな」


 そう、暇なんです!

 いやだってさ、ご飯係と野菜とか具材切る係を作っちゃったら、そっちの作業が終わるまでお鍋使わないじゃん。


「えっと、野菜切るのとか手伝いに行くか?」

「その方がいいよね絶対。ルーの準備も終わって、お鍋用意して具が来たらすぐ始められるし」


 そういって私たちはお鍋を借りに近くの施設まで行く。この施設は普段からキャンプなどもやっているらしく、色々と道具が揃っていた。

 七輪とか使ってお餅焼くのも面白そうだなぁ、と思いながら、施設の貸し出し口にいる人のところまで歩いていく。


 施設の、見るからに優しそうなおばさんが、お鍋の用意をしてくれた。

 そのお鍋の底には、見るからに黒い何かが目立っている。


「いやぁ、ごめんね? 古いお鍋なもんで。一応洗ってはあるんだけど、汚れ落としてから使ってくれる?」


 前の料理の残りらしき焦げた跡や錆を見て、私は涼くんと目を合わせる。


「えっとこれは……」

「……暇ではなくなったから、まぁ良し……?」



 ***



「それで、自由行動日は、どうする?」


 鍋の汚れと力強く擦って戦いながら、涼くんが聞いてきた。

 言葉が途切れ途切れなのが、力んでいる証拠だ。私を疲れさせないようにと、戦闘役を買って出てくれた。

 私は必要な時に洗剤を入れる係だ。……流石にもう少し仕事を回してくれてもいいのだけれどなぁ。


「んーどうしようかなって思ったんだけど、一つずつ行きたいところ決めない?」

「あー、いいかもね、それ。あ、洗剤足して欲しいかも」

「はーい」


 自由行動日に“あれ”を実行するかどうかは決めていないけれど、確実にチャンスな日であることは間違いない。


「じゃあ私が後半の方を……」

「俺が午後を……」

「……」

「……」

「私が」

「俺が」


 涼くんの鍋の手が止まる。

 私の洗剤を足す手も止まる。


「じーっ」

「……わかったよ。俺が午前中の予定を立てるよ」

「わーい!」


 じっと見つめれば折れてくれるような甘いところが涼くんの良いところでもあるのだけれど、今回はそれを利用させてもらおう。

 夕陽の見えるところで、綺麗な景色を見る。そのセットアップを考えていた。

 そういえば、なんで涼くんも午後の予定を立てたがったんだろう……?


「お、とうとうでかい汚れが落ちた!」

「ならこれで準備完了だね!」


 考えがまとまる前に、どうやら涼くんの方の作業が終わったらしい。


「じゃあ具材切るの手伝いに行こっか」

「うん。桜ちゃんたちも手伝いに行ってそうだし」


 林間学校は、まだまだ始まったばかりだ。

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