第14話 仲間
——委員会決めの数時間のこと——
「やばいやばい! あれ? ここにしまったはずなんだけどなぁ」
通学の電車のドアに寄りかかりながらスマホをいじっていると、電車の中とは思えない大きな声が聞こえてきた。……あの制服は同じ学校だな。何か探しているようだけれど、もしかしてさっきから僕が見て見ぬふりをしている足元の黒いパスケースのことだろうか。
「あの、もしかして探してるものって、これじゃないですか?」
「あ、それです! どうもありがとう!」
親切でコミュニケーション能力に優れている僕は直ちに届けてあげることにした。そう、僕は人見知りなんかじゃない。知らない人と接することには高校に入ってから慣れた。……つもりだ。
「このパスケース、黒い猫ちゃんなんですよ! 可愛いでしょ!」
「まぁ、確かに……」
「あたしみたいに!」
「やっぱりそうでもなかったです」
「えー、悲し」
なんと。僕が初対面の人と馬鹿らしい会話を成立させてしまうなんて。と思ったが、おそらくこの子が零距離射撃タイプなのだろう。
「なにそれー。あたしそんな物騒なタイプじゃなくて、もっと可愛いタイプだと思うんだけどー!」
「分け隔てなく、という言い方もあるが」
「ならはじめからそう言ってよー! ……ってよく見たらふじーじゃん」
「ふじー?」
「藤ヶ谷涼だから、ふじー。え、あたし同じクラスなんだけどわかんない?」
自分の可愛さを振りまくことに躊躇がないような知り合いが僕の身近にいただろうか。茶髪でロングと言うには短く、ショートと言うには長いような髪型。
「あ、お前狩谷葉月か」
「多分それミディアムって言うんだよ?というか髪型で覚えてるの!?」
「他は一緒みたいなもんだろ」
「違うよー! ほら、この可愛らしい顔の造形を見て?他の人と違うでしょ?」
「そんなこと言うやつ初めて見たぞ……」
「やだぁ、前代未聞の可愛らしさなんて。そんなに褒めても何も出ないよー? えへへっ」
「前代未聞のおめでたいやつだな」
「ひどっ!」
なんだこの会話。来栖と話してる時以上に頭悪くなってる気がする。不思議と悪い気はしないが。
「ねぇ、これから一緒に学校に行かない?」
「それってお断りしてもいいやつですか?」
「断られても一緒に行くやつです。最寄りが同じ駅だし」
「は? なんでそんなこと知ってんの?」
「だって一緒に乗ったじゃん。あたしの方が少し先に乗ってパスケースを落としたんだもん」
「……その言い方だとわざと落としたようにに聞こえるが?」
「当たり前じゃん。鞄にしまったパスケースを電車に乗ってから落とす人なんて相当の馬鹿でしょ。草生える〜」
「なんで落としたんだよ!」
「ふじーとの会話のきっかけにするためだけど?」
言っている意味がわからない。まぁ同じクラスだから俺のことは知られているとしても、なぜこのような手の凝ったことを……。
「それはね、どうしてもふじーと友達になりたかったから」
「……」
「ふじーなら、あたしのことわかってくれると思ったから」
「意味わかんねぇよ」
「あたしね、つい最近失恋したんだ。自然消滅なんだけどね。でもまだ相手のことが好きなの。……ふじーもそうでしょ?」
「……」
「菊原紅葉さんでしょ? 見てればわかるよ。……ふたりとも多分あたしと同じ顔してる」
そう語った葉月は笑っていたが、瞳に光が灯っていないように見えた。
……あぁ。同じなのか。この子は、僕と。
「と言うわけで! あたしふじーと同じ委員会入るから、よろしくね!」
「……それってお断りしてもいいやつですか?」
「断られても無理やり一緒になるやつです。よろしくね、ふじー! えへへっ」
敬礼のように、しかし確実に可愛さを狙って顔の前に掲げた左手とウインクであざと可愛いと言うやつを演出している。……悪い子ではないだろうな。
「ごめんなさい、人違いです」
「えぇ、ひど!」
「じゃあ僕ここの駅なんで」
「あたしもだよ!」
僕の登校が少し賑やかになった。
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