ホワイトデースペシャル『一粒の』

 —この物語が始まる1ヶ月ほど前のこと—


 さて、早速だが3/14は何の日だろうか。この日は特に何もない、ごく普通の平日だが。そのはずなのだが。


「なぁ涼。難しい顔してどうした」

「なんでもないさ。うん、なんでもない」


 ホワイトデー。それは起源があまり知られておらず、おそらくどこぞの誰かが「私たちが頑張ってプレゼントあげるんだからぁ、男の子もお返ししてくれてもいいよね。あ、どうせなら3倍がいいなー!」みたいな思いつきで始めたことだろう。


「ほんっと迷惑だよなぁ……」

「え、なんの話??」


 困惑している来栖を無視して僕は下駄箱へと進む。実はこの中学、チョコ持ってきたらダメなのである。校則違反になるし、先生に取り上げられてしまう。だからそもそも、友チョコという概念すら存在しない。……特に男子にとっては。なぜなら、チョコを渡すためには家へ行く、もしくは呼び出すという行為が必要となり、義理チョコだとしても勘違いしてしまう馬鹿野郎がいるかもしれない。女子の方もただそれだけで恥ずかしいだろうし、小学校が違うと渡す相手の家も知らない可能性が高い。だからホワイトデーとは無縁なはずなのだ。


「……まぁ予想してなくはなかったけど」


 しかし、俺はチョコを貰ってしまった。しかも学校で。しかもから。つまり僕は必然的にお返しホワイトデーについて考えなければならなくなったのだった。


「予想じゃなくて期待では?」

「……うるさい」


 来栖は聡いから、すぐ気づいてしまう。こういう友達を持ってしまうのは困りものだ。……というかしれっと心読まれた??


「いいや、予想さ。それに僕は考える必要なんてないからな」

「えー、手抜きのお返しは流石にないわー」

「そういうことじゃない! 相手のやり方にならうだけだ!」


 そう言って僕は自分の下駄箱ではない場所へ、例の物をおいた。


「え、それだけでいいの?」

「いいんだ。俺たちの問題だから」

「これを機に仲直りすればいいのに〜」

「うるさい! 帰るぞ!」


 本日の任務完了。



 ***



「ねぇ紅葉、今日も寄り道してく?」

「んー、どうしようかな」


 今日はホワイトデー。私はバレンタインの日に涼くんにこっそりチョコを渡した。それはもうこっそりすぎて彼にも誰からかを伝えてないくらい。だからお返しは期待なんてしてない。期待なんて……。


「ほら、ともかく早く帰ろー」

「うん。……あっ」


 外履きに履き替えようとした時、何か小さなものに当たる。これはまるで私がバレンタインの日に選んだチョコと同じような……。


「——」

「……良かったね」

「へ?な、なにが?別になにもなかったけどぉ?」

「そう?ならいいんだけど。ほら、帰るよ」

「ま、待ってよ、桜ちゃん」


 一緒に置いてあったのは藤色の小さな和紙。……紫にも見えるが、今回の場合はそうではないだろう。なぜかそういう確信があった。


「ところでさ、桜ちゃん。唐突なんだけど、チョコのお返しの意味なんだと思う? キャンディに入れていいのかな!」

「あの子がそこまで考えてるとは思えないけどなぁ……」


 バレンタイン頑張って良かった。本当に良かった。

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