バレンタインスペシャル『一粒の』
—この物語が始まる2ヶ月ほど前のこと—
「藤ヶ谷涼、◯◯高校受かってました」
二月十四日、私立高校の合格発表日。中学3年の僕たちはバレンタインデーなどで浮かれてる暇なんてもちろんなく、既に推薦入試で進路先を決めた人しか登校しないため、イベントも発生しない。
「おー、やるじゃないか。流石藤ヶ谷だな。授業受けてもいいが、どうせ帰るだろ?」
「えぇ、帰りますね」
受かってたことの発表のためだけに学校に寄るのも面倒だが、授業を休めると思えば得しているのかもしれない。
「来栖尊、同じく受かってました」
「その言い方流行ってるのか?」
「……?」
来栖の報告を背中に受けつつ、僕の足は昇降口へと向いていた。教室に寄って行っても良いと言われてはいるが、当然そんな気は起きなかった。
「少しくらい待ってくれたってよくね?」
「俺の方が先に並んだんだから先に帰るのも当然の権利だろ」
「つれないやつだなぁ」
「……あれ」
「ん? どした」
「いや……」
帰ろうとして外履きを取ろうとした時手に何かが当たった。そして僕が少し固まっているのに来栖も気付き、覗き込んでくる。
「お、なんだなんだ」
「なんでもねぇよ……」
「なんでもなくねーだろ、こらみせろ!」
「いいけど」
「抵抗するまでがバレンタインのお約束の流れじゃないの?……あ、チロルチョコか」
「そんなお約束の流れなんて知らないしやりたくないよ。……チロルチョコだよ」
「つまんねーなー。大きな本命チョコでも入ってればいいのに」
「先生にバレて取られるだけだろ」
そっとチロルチョコをポケットにしまう。来栖にはばれなかったが、チョコより一回り大きくて菊の花の赤いスタンプが押してあるメモ帳とともに。
「誰にだって変わるべきだよ」
「なんだよ急に」
「涼ちゃんならわかるだろ?」
答えることはできなかった。
***
「菊原
二月十四日、バレンタイン。今日は私立高校の合格発表の日だった。だからチョコなんて渡す時間もない。私には受験期にお菓子作りに励むほどの余裕があるわけでもないから、平日とあまり変わらなかった。
「和泉桜、同じく受かってました」
「2人ともお疲れ様。今日はゆっくり休んでな」
「「はーい」」
私たちが見に行った高校は比較的中学に近いので、おそらく早い方だっただろう。あとから何人かがやってくるのが見える。その中に見覚えのある、いつも見ている姿を見つける。
「あ……」
「……隠れよっか」
「え!?」
いきなり柱の影に隠れさせられた。
「ちょ、なんで隠れるのよ……」
「しぃー。静かにして」
訳がわからなかったけれど、少しだけ経ったら解放してくれた。先生たちが待っている教室からは微かな声が聞こえる。
『藤ヶ谷——』
「……」
「紅葉、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。帰ろ」
私は嘘をついた。桜には悪いが、これは自分の問題なのだ。何事もないように帰路を急ぐ。とある場所に、とある物を添えてから。
「……チロルチョコで良かったの?」
「な、なんのことかなっ!」
私の気持ちが伝わればいいけど。
***
「……自然消滅したのにこんなの残してるなんて、情けないな」
ハイキングの用意が終わったところで、2ヶ月前に下駄箱に入っていた小さなメモを眺めている。
「傷ついた人を見るのは嫌なのに」
自然消滅する人たちも、傷つかないわけではない。赤い菊の花言葉は『I love you』。悩んでいる僕の心を揺さぶるには十分すぎる
「変わるべき、か。今更変われるのかな」
答えのない問答を繰り返してるうちに、僕は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます