第8話 藤ヶ谷涼の話

「涼ちゃん、俺は怒っている!」

「お前に怒られてもなんとも思わない」

「冷めてんな!」


 買い物に行った日の夜。突然来栖から電話がかかってきた。流石にいきなり怒ってくるのはどうかと思うが。


「だいたいこんな時間に電話かけてくる非常識人間に怒られてもな」

「非常識で言ったらお前もだろ。なんで菊原さんとあんな関係で付き合ってないんだよ」

「またその話かよ……。それとこれとは話が違うし」

「おんなじだよ。で、どうなの?」

「どうと言われましても」


 来栖は最近になってやたらこの話題を出すようになった。最近というか、受験終わったくらいから。何か企んでることはわかるけれど、ややわざとらしすぎる。気づかない方がおかしいだろう。


「復縁する気はないの?」

「する資格がないんだよ」

「自分で決めつけてると菊原さんが泣くよ?」

「あいつはこれくらいでは泣かない」

「菊原さんに対する信頼が強いのか自己評価が低すぎるのかわかんなぇな!」

「だって本当のことだし」


 ——『いつも通りいこ。……また仲良くたいし』。


 それは高校初日の紅葉の言葉。

 でもいつも通りってなんだろう。受験の一年でほとんど接することができなかったのだから、“いつも”がわからない。

 わかっていても、それができない。


「今更自分の行動を悔やんでも何も変わんないぜ?」

「悔やんでるんじゃないよ。二度同じ轍を踏みたくないだけだ」

「そんなの気をつければいいだろーが」

「気を付けても結局別れたんだよ、前回は」

「むぅ。なるほどなぁ」


 二度ある事は三度あるというし、それなら一度あることは二度目、三度目が訪れるということだ。自分の無責任で人を傷つける、大切な人が傷つくのは嫌だ。


「少なくとも、お前らまだカップルみたいに見えるからな」

「お前の目に恋愛フィルターがかかってるだけだ」

「いや、お前らの距離は普通に近いから。覚悟決めてまた付き合えばいいじゃん」

「そんなこと言われましても」

「それに傷つけたくないなら、やっぱり復縁すべきなんじゃねーの? 菊原さんの気持ちはどーするのさ」

「……また戻れないことよりも、また分かれるリスクがあるほうがよっぽど傷つくよ」


 少なくとも、復縁したあとの人生全てを紅葉に懸けられるかというと、やはり自信がない。もともとそのつもりでいたのに、今のようになっているのだから。


 やって後悔したほうが良いと世間では言われるが、二度目の別れを目の前にしたとき、果たして自分を許せるだろうか。二度大切な人を傷つけて、自分を許せるだろうか。


「……難しいな、恋愛って」

「そんなもんさ、恋愛って」


 僕と来栖はしばらく無言になった。

 多分お互い、それぞれの思う恋愛について考えている。


(じゃあ、紅葉とこのままでいいのか?)


 きっとこれは、一生かけても答えが出ないかもしれない問いだ。


(曖昧なまま、紅葉と接し続けなければいけないのか)


 来栖の言う通り、覚悟を決めなければいけないのかもしれない。





 そして、ハイキングが始まる。

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