"We are all just prisoners here……"

「起きてください。もう祝宴が始まってしまいますよ。」


 肩を揺さぶると同時に掛けられるリンダの声で、俺は目を覚ました。

 まだ少し頭がぼんやりする。浮遊感も残っている。どうやら、まだコリタスの効果が残っているらしい。

 思えば、寝るときにコリタスの火を始末していなかった。それを思い出した瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。が、こうして何事もなく生きている事を考えると、問題は起こらなかったのだろう。

 俺は運の良さに感謝しながら、ゆっくりと体を起こす。

 体が誰かに押さえつけられている様に重かったが、どうにか立ち上がり、リンダと向かい合った。

 

「……すまない。今行く。」

「もしかして、あなた目覚めが悪い人ですか?」

「…………不本意だが、まあ、そうだ。」

「へえ……ふふ、可愛いところもありますね。」

「あまりからかわないでくれ……。これでも結構気にしているんだ。」


 つまらない雑談をしながら、支度を進める。とはいっても、よれた革靴を履いて、Yシャツを軽く整えて、ネクタイを締め、ハンガーにかけてある上着を羽織るだけだが。

 支度を終えて、部屋のソファーに腰かけているリンダの方を向く。彼女は俺が視線を向けると、すぐに立ち上がってこちらにきた。


「では、祝宴へまいりましょう。」

「……ああ。」


 俺は、自室のドアを後ろ手に閉めて、会場となっているロビーへと向かった。


     *


 祝宴の会場となっているロビーは、かなりの賑わいを見せていた。

 これほどたくさんの人が宿泊していたのか、と思うくらいの人の波と、綺麗に飾り付けられた中央の彫刻。彫刻の頭上には、巨大なミラーボールが天井から吊り下げられ、回転しながらロビーを光で満たしている。周囲の壁に掛けられた油絵も、今ばかりはポップ調のタペストリーに覆われていた。

 流れている曲も、ワム!Wham! やマイケルMichaelジャクソンJacksonジャーニーJourneyといった、ノリの良いポップソングで、会場全体がどこか浮ついた雰囲気になっていた。


「はい、どうぞ!」


 不意に、横合いから手が伸びて来た。その手には、氷に浸かったピンク色の透き通ったシャンパンが注がれた、高価そうなグラスが握られていた。

 

「……これを、俺に、という事か?」

「ええ、そうです。ささ、どうぞ!」

 

 その手の主、中年の女性に尋ねてみれば、満面の笑みと、肯定の意が返ってきた。

 それを確認し、手に握られているグラスを受け取る。そして、一息に飲みほした。中々美味なシャンパンだ。しっかり冷やされていて、喉越しが良い。

 俺は空になったグラスを、その女性に返した。女性はそれを受け取ると、大声で笑った。


「ははは、いい飲みっぷりだね、あんた!」

「はは、まあ、ここでたっぷり酒には慣れ親しんだからな。」

「そうかい、そりゃ良いこった。あんたも、目いっぱい楽しみなよ!」

「ああ。」

 

 そう言って、背中を叩かれながら見送られる。俺も、シャンパンを飲んだ瞬間から感じる、僅かな体の火照りと、心地よい酩酊巻に身を任せ、気をよくしていたので、シャンパンを渡してくれた女性に軽く返事を返す。そして、再び人の波へ身を投げ出した。

 そんな、他所より気温が数度高そうなところを、人混みの隙間を縫って歩きながら、俺はリンダになんとはなしに尋ねていた。


「なあ、こんなたくさんの客、どこにいたんだ? 今までこれほどたくさんの人がいる気配は微塵もなかったじゃないか。」

「……………………」


 しかし、帰ってきた答えは、沈黙。

 何かあったのか、とリンダの方を向けば、彼女は何か深刻そうな表情を浮かべていた。


「……ど、どうしたんだ? 急に黙り込んで……。」

「…………」


 もう一度問いかけてみるが、依然口を開かない。

 俺は、これ以上問い詰めても何も変わらないだろう、と思い、前に向き直り、再び歩き始めた。――

 その時。


「……ごめんなさい。」


 ふっと、リンダが呟いた。

 掠れ声で、声量も小さく、簡単にこの場の喧騒に掻き消されてしまいそうな声だったが、その言葉はしっかりと耳に届いた。

 俺は再びリンダの方を向き、聞き間違えようのないその言葉の意味を、問いただした。


「……何が、“ごめんなさい”だ。一体、何をしたというんだ?」

「…………」


 再び黙りこむリンダ。

 しかし、今回の沈黙は、すぐに解消される事となった。

 聞いていなかった事にしたい、とも思える、残酷な言葉を以て。


「……実は、私、グレイの事を騙してたの。」

「……いきなり何を言い出すんだ? 騙していた? どういうことだ一体……。それに、その口調……。」


 リンダは、俺の目を見ず、俯いたまま語り続ける。


「……このホテルは、一度入ったら出られないの。」

「……」

「そして、入った者は例外なく、一月の間にこの空間の虜になる。」

「……おい、まさか」


 俺の言葉を継ぐように、リンダは告げた。



「……そう、この空間は私たちの場所ではあるけど、同時に監獄でもあるの。」


「……それは、詰まる所」










「…………私たちは、皆ここに囚われている、という事よ。」

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