第42話 今、この場にある全て
二十分ほど走った。
だけど、みづきはまるで見つからなかった。スマホを鳴らしても、やっぱり電源は落とされている。
「ぜっ、はぁ……クソ、タバコの本数減らしたほうがいいかこれは?」
荒い息を吐きつつ、両手を膝につく。
みづきがどこをどう走ったのか、まるで見当がつかない。もしかすると全然違う方向を俺は探しているのかもしれない。
それを確かめる術はない。どこをどう探せば見つかるのかだって分からない。
でも。
「……これでなんかあったら、後味悪いなんてもんじゃねえぞ」
もしこれで実はみづきが家に帰ってました、とかならあとで笑い話にできる。
だけど笑えない展開になっていたら――なんて思うと、足を止める気には到底なれない俺であった。
そして、息を整えてから再び走り出そうとしたところで、ふと俺は地面になにか落ちているのを見つける。
近づいて拾い上げてみれば、見覚えのある不愛想な面構えをした黒猫のお面だった。俺が射的でみづきに取ってやったものと同じだ。
「ってことは、この辺りにみづきが来たってことか!」
それを理解したところで、俺は再び走り出す。その直後、そう遠くないところから「やめてっ」と鋭く叫ぶ声が聞こえてきた。
みづきの声だった。
「みづき!」
みづきの名を呼びながら、俺は声の聞こえてきた方向へと走り出す。するとそこで見つけたのは、みづきが若い二人の男に絡まれているところであった。
「おい、みづきから離れろ!」
あえて荒々しい足音を立てながら駆け寄る。片手にはいつでも通報できるようスマホを構えつつ怒鳴りつけた。
「お、おい、そんなおっかねえ声出さねえでくれよ兄ちゃん」
「い、行こうぜ。男連れだ」
情けないことを口にしつつ、思いの外あっさりと二人の男はみづきから離れていく。どうやら酔っ払いだったらしく、その後ろ姿は千鳥足だった。
……まあ、それはいい。
「みづき。大丈夫か?」
みづきに駆け寄り、彼女の顔を覗き込む。
おそらく恐怖もあったのだろう。彼女は全身を震わせていた。
だけど――それよりも印象的だったのは、みづきの浮かべていた瞳だった。
「ど、どうしよう、タツトラ君。あたし……あたしっ」
声を震わせながら俺に向けられる彼女の瞳は、どこかで見たことがあるものだった。
なにかを失い、迷路に迷い込み、そして出口が分からないで途方に暮れているような、そんな顔。
それは、かつてのみづきが浮かべていた表情で――、
(――違うッ!)
とっさに俺は首を振る。そうじゃない。そうじゃないだろ兵藤辰虎。
あれはかつてのみづきが浮かべていた表情で、そしてそれと同時に。
(――RIBERIONを抜けた直後に、俺が浮かべていた表情と同じなんだよッ)
かつての俺と、同じ表情だったのだ。
だから初めて、みづきをコンビニで見つけた時から妙に彼女のことが気にかかって仕方がなかった。だから見捨てることも見放すこともできずに、彼女を何度も止めていた。
そっちの沼にハマったら、どこまでも沈んでいくってことを知っていたから。
だから。
「――大丈夫だ」
無責任だと分かっていても。何一つ根拠などないと分かっていても。
「大丈夫だ、みづき。大丈夫、いるから。ちゃんとここにいるから」
みづきを抱き寄せ、腕の中に包み込む。
大丈夫ってなんだよ、と俺は思う。いるからってどういうことだよ、なんてことも思う。いるからなんだ。それがどうした。なに適当なことを俺はほざいているんだ、と。
でも、今のみづきには必要な言葉だと思った。
側にいると言ってやりたかった。ただそれだけで救われる心だって、きっとどこかにはあるはずだから。
「う……ふぇ」
胸の中で、みづきが声を上げる。
「あ、ぁぁあ、うああああああああっ」
祭りの熱気はもう冷めた。必死で掻き集めた温もりだけが、今この場にある全てだった。
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