第37話 いじめていいのは俺だけだ

「あ、奏ちゃん。飴って好き?」


 だしぬけにみづきが奏にそう問いかけた。


「飴? うんすきっ」


「はい。これ、あげる」


 みづきが懐から取り出した飴玉を受け取ると、奏が幸せそうな顔つきになる。それでいいのか我が義妹いもうとよ。


「ってか、みづきよく飴なんて持ってたな」


「うん。奏ちゃんと会うことあったら、渡してあげようかなって。……タツトラ君の妹だから、仲良くしたいし」


「ほーん」


 奏に対して、そう思ってくれるなんてありがたい話だな。奏は奏でみづきに妙な敵愾心を抱いているらしいが……ま、すぐに懐くだろ。奏だし。アホだし。


 そんなことを考えつつ、俺は今も「んまんま」と飴玉を頬張っているアホにさっきから思っていた疑問を投げかけた。


「そういや奏。なんでそんな格好してんだ?」


 奏はTシャツの上にはっぴを羽織り、頭にはねじりはちまきを巻いていた。はっぴの前面には、『酔苑』の文字が刻まれている。


「そりゃ、バイトだからだよ、お兄ちゃんっ」


 むんっ、とない胸を張りながら奏が後ろの出店を指差す。


「うちの店、毎年串焼きの出店出してんの。よかったらお兄ちゃんも食べてく?」


「そうだったのか……。おう、ちょうど俺もみづきも小腹が空いたところで、なんか食べるかって話してたところだったんだよ」


 俺がそう言うと、奏が不機嫌そうにムッとする。


「そっちの泥棒猫はいらない」


 刺々しい口調でそう言う奏に、みづきが再び目線の高さを合わせるように屈みながら話しかけた。


「ダメ……かな? あたし、奏ちゃんの焼いた串焼き、食べてみたいな」


「も、もぉ~、そういうことなら仕方ないなぁ~」


 すぐさま奏がデレっと相好を崩す。基本的に誰かを嫌うとか、怒るとか、悲しむとかいった感情の持続しにくいやつなのだ。


 アホだが奏のそういうところは、美徳だなと俺はよく思う。


 そして、奏の後に続いて串焼きの出店に近づくと、「お~、トラさんどうもっす」とこれまた見知った顔が網の上で肉の刺さった串をくるくる回しながら話しかけてきた。


 奏と同じく、はっぴにねじりはちまき姿のミヤがそこにいた。


「……ミヤ。お前、ライブあるんじゃなかったのかよ」


「うちの手番、八時半からなんで。それまでここでライブの宣伝してろって言われちゃったんすよ。僕、顔がいいんで」


 言いながらニッと歯を見せて笑うミヤは、なるほど確かに腹立たしくなるほどイケメンである。


 他のやつが自分のことを『顔がいい』とか言うと痛々しいだけなのに、ミヤの場合はそれが妙に様になる。面構えが端正だというだけでなにを言っても許される感じがするからイケメンはお得だ。


「そっちは噂のみづきちゃんっすよね? うわぁ~、話に聞いてた通りとんでもない美人だ。へい彼女、トラさんから僕に乗り換えない?」


 にこやかな顔でミヤがみづきに話しかける。


 するとみづきは、真っ赤な顔してミヤの視線から逃れるように俺の背中に顔を押し付けた。


「の、乗り換えるとか……そういうアレじゃない、しっ」


 みづきがくぐもった声でそう返す。ミヤはそんなみづきの反応を楽しむように、ニマニマとからかうような笑みを浮かべていた。


「んん~? そういうアレっていったいなにかな? 僕、ちょっとその辺よく分からない的な?」


「なっ、ぁ……」


「あれあれ? なんかどんどん真っ赤な顔になってくね~。もしかして照れてるのかな? あーしかし妬けちゃうな、トラさんったら美少女にそんなにくっつかれたりなんかして。僕も可愛い女に子にべたべたされたいなー」


「べ、べたべたなんてしてませんっ」


 噛み付くようにみづきが言い返すが、ミヤは如才なく笑ってその怒りを受け流す。


 人を軽薄にからかわせたら、こいつの右に出る者はなかなかいない。とはいえ、少しやりすぎだ。


「おいミヤ。あんま、からかわないでやってくれ」


「はいはい、分かってますよ、と。自分の女を他の男にいじめられてたら面白くないっすもんね」


「みづきはそういうアレじゃねえ」


「とか言って~。トラさん、ほんとはみづきちゃんをいじめていいのは俺だけだ~、とか思ってたりするんじゃないですか?」


「そ、そうなのっ?」


 みづきがうろたえた声でそう言いながら俺の服をぎゅっと掴む。


「ええ、お兄ちゃん、ほんとにっ?」


 奏が叫びながら、みづきに向かって「むむむ」と対抗心丸出しの目を向ける。


「そんなわけあるか!」


 俺が必死で否定すると、ミヤがニマニマと口元を緩めた。ほんとにぶん殴るぞテメェ。


 げんなりする俺に、女子高生と義妹が両サイドから詰め寄ってくる。


「どうなの、タツトラ君!?」


「どうなの、お兄ちゃん!?」


「だーからっ、ちげーっつってんだろ!」


 否定すればするほど、ミヤが面白そうな顔つきになる。そんなやり取りを何度か繰り返しているうちに、すっかり疲れ切ってしまう俺なのであった。

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