第33話 祭りへ

 勉強しているみづきを眺めたり、タバコを吸ったり、タバコを吸ったりしているうちに、時計の針は午後五時四十五分を刻んでいた。


 祭りが始まるのは午後六時から。


 そろそろ家を出る時間かと思い、俺は灰皿にタバコを突っ込みながら腰を上げる。


「出るぞ」


「ん、分かった。ってかその言い方ちょっとオラついてない?」


「そうか?」


 自分じゃ気づかなかったが……言われてみればそうかもしれない。


「そろそろ時間だし、行こうか」


「あ、別に言い直さなくてもいいんだけど。なんかタツトラ君らしくなくてキモいし」


「……なんか納得いかねえなそれ」


「んっへへっ」


 そんな理不尽な一幕を挟みつつ、俺とみづきは家を出た。


 隣り合って道を歩いていると、みづきが強めに肩をぶつけてきながら口を開く。


「タツトラ君は、なんかちょっとオラついてるほうがいいなってあたし思うんだよね」


「……そうか?」


 ぶつかった勢いのままもたれかかってくるみづきを押し返しながら、俺は首を傾げた。


「そうだよ」


 ぐいぐい。さらにもたれかかろうとしてくるみづき。


「少なくともあたしは、そういうタツトラ君のほうが安心するかも?」


「そういう俺って?」


「ちょっと乱暴で、割とオラついてて、そのくせお節介焼きで優しいのにそれが全部口の悪さで台無しになってるタツトラ君」


 体重をかけられると真っ直ぐ歩けない。仕方なく俺もみづきにもたれかかるようにして歩く。


「……そのタツトラ君は多分ロクでなしだぞ」


「ロクでなしじゃないタツトラ君の方がイメージできないや」


「おいこら」


「っていうかタツトラ君暑いんだけど。そんなにくっつかないでくれない?」


「お前の方からくっついてきたんだろうが!」


「お前なんて人知らないもん」


 ムカついたので後ろにパッと下がると、みづきがバランスを崩して転びかけていた。だが、俺が腕を掴んでやるより前に、彼女はすっと姿勢を戻す。


「……タツトラ君、今のはちょっとひどくない?」


「正当防衛だ」


「……うっわ、おとなげなーい」


「ほざけ。つーかみづき、バランス感覚いいのな」


 今のは、結構危うい態勢だったと思うんだよな。それなのにあそこから危なげなく持ち直したのを見て、正直俺は意外な気持ちだった。


「そうかな? これぐらい、普通だと思うけど」


 どうってことなさげにみづきが答える。


 ……みづきが身体能力に優れている側の人間だということが、その発言だけで分かった。


 やいのやいの言い合いながら歩いているうちに、だんだん祭囃子が聞こえてくるようになる。この祭りは神輿も出ているようで、時おり「おおおー!」という野太い掛け声やら、太鼓やら、笛の音やら、賑やかで楽しげな雰囲気だ。


「わぁ……」


 みづきの表情が明るいものとなる。これから迎える初めての祭りに対する期待で、きっと胸をワクつかせているのだろう。


 そうして駅前の通りにやってくると、大通りの真ん中には行列がずらりと伸びていた。昼の間に街中を練り歩いていただろう、獅子舞の行列なのだろう。


 踊る人、笛を吹く人、ひょっとこやおかめ、太鼓や鈴を鳴らす人、それに刀を持ち獅子と戦う舞を舞う男衆……なんだか、日本の魂ってやつを刺激される光景だった。


「わ、見てタツトラ君すごいよすごい! あの人形なに? なんかすっごい首振ってるんだけど超ウケる!」


 肩をバシバシ叩いてきながら、みづきがそう言ってはしゃぎだす。


 そのはしゃぎようは、なるほど、確かに祭りに一度も足を運んだ経験のない人間っぽかった。どうでもいいけど肩痛ぇ。


「落ち着けってバカ。はしゃぐのは分かるがガキみたいにフラフラすんな」


 あっちを見てはフラフラ、こっちを見てはよろよろとうろついていたみづきの腕を掴む。


 すると、はしゃぎすぎていたことに自分でも気づいたのだろう、みづきが「うっ」と恥ずかしそうに頬を染めた。


「し、仕方ないじゃん……あたしの初めて、なんだから」


「言い方」


 今すれ違った人にもんのすげえ目向けられたかんな。一ミリも手ぇ出してない分、なんか余計に不名誉な気持ちになったわ


 だがみづきは、そんな俺の不満に気づく様子もなく、悪戯っぽい目をこちらに向けて言ってきた。


「えーやだー、もしかしてドキドキしちゃったの?」


「通報されそうでビクビクしてるよ!」


 二十六と十六。微妙に危ういかもしれない年齢差。いやだから援交じゃねえし。あれ、もしかして俺、今勘違いされたら一発でアウトなんじゃねえ……?


「むぅ、なんかそれすごい失礼な感じ」


「失礼なもんかよ。つか、離れろ暑い」


 言いながらみづきの腕を放し歩き出すが、今度はみづきが俺の腕を掴んでくる。


「あ?」


 と怪訝な目を向けると、みづきは澄ました顔つきで言った。


「タツトラ君が迷子にならないようにと思って」


「みづきが迷子にならないように、の間違いだろ」


「……そこ言い直す必要あるかなあ?」


 不満げにみづきが唇を尖らせるが、俺の知ったことではなかった。


「……とりあえず。腕掴まれると動きにくいから、掴みたいなら服の裾にでもしてくれ」


「はいはい。しょうがないなあ」


 仕方なさそうに言いながらも、みづきがシャツの裾を指先でつまむ。


 それを確認してから、俺はみづきを伴い祭りの雑踏へと飛び込んでいった。

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