第34話 射的にて
出店を見て回る最中も、みづきは声を弾ませてはしゃぎまわっていた。
色々なものに目移りしているようで、二、三歩足を進めるごとに「くいくいっ」と服の裾を引っ張っては、
「ねえタツトラ君、わたあめだって!」
とか、
「見て見て、クレープだって!」
とか、
「わっ、あの浴衣すごくないマジすごいんだけどすごい!」
とか、色んなことを言ってくる。
そんなみづきの姿は微笑ましいのだが、しかし……やはり、というか。
目立つなあ。
もとより、みづきの容姿は飛び抜けて優れている。動きやすいようにと服装自体はホットパンツに踵の低いスニーカー、半袖のブラウスといったラフなものだが、髪の色は日本人離れしたピンク色で、黙って立ってても目立つような美少女だ。
それが声を上げてはしゃいでいるのだからこれが注目されないわけがない。
みづきにその自覚があるのかどうか定かではないが、四方八方から突き刺さる視線にもうお兄さんビクビクもんですよ。ノットおっさん、ここ重要ね。
なんとなく感じる居心地の悪さに肩を竦めつつ歩いていると、俺の目がその商品を捉えた。
射的の出店の奥に置いてある、お面とぬいぐるみだ。どちらも無愛想な面構えの黒猫といったデザインで、なんとなく見覚えがあるような感じがした。
「――あ」
と、そこまで考えて気づく。みづき愛用のエプロンには、あんな感じの黒猫がアップリケで施されていたっけか。
「みづき、ちょっとあれやってっていいか?」
「ん? あ、射的? いいじゃん、たのしそー」
後ろにいるみづきに言ってみると、彼女は弾んだ笑顔で快諾する。
「おお、釣り合ってねえカップルだな兄ちゃん」
「カップルじゃないっす……痛っ」
出店に近づくと、店番の男の人がのっけから失礼なことを言ってきたので否定する。
するとなぜか、服の裾を掴むみづきがふくらはぎの後ろを蹴っ飛ばしてくる。
「なにすんだよっ」
後ろを振り返って文句を言うと、みづきはツーンと態度悪くそっぽを向いていた。
「なんなんだよ……」
「おい兄ちゃん。痴話喧嘩すんのか射的すんのかはっきりしてくんねえか?」
「今のが痴話喧嘩に見えんなら眼科行ったほうがいいすよ……射的一回で」
「はいよー、五百億円ね」
「たけーわ」
「モテ税だ」
ほっとけ。
やいやい言いつつ、空気銃とコルクを受け取る。コルクの個数は五個なので、五回撃てるってわけか。
コルクを詰めると、台の上にうつぶせるようにして、俺は銃の狙いを定める。獲物は不愛想な面構えをした黒猫のぬいぐるみとお面だ。
「この辺りかな、っと」
まずはぬいぐるみに向けて、銃の引き金を引いた。
ポンッ、という軽い音。勢いよく飛び出したコルクが、ぬいぐるみを突き飛ばし地面へと落とす。
しかもそれだけじゃない。これは完全に偶然なのだが、上手いこと跳弾したコルクが猫のお面の縁を掠め、これまた商品を台の上から床へと弾き出したのだ。
「お、おお~!」
と、俺と同様射的をしていた人たちの間からどよめきが上がる。まさかのミラクルショットに、俺はガッツポーズも忘れて呆然と口を開けてしまった。
「え、タツトラ君すごくない!?」
俺の横でみづきが大はしゃぎする中、がらんがらんがらんがらん! と店番の人がベルを鳴らす。
「大当たりぃ~! いやあ、兄ちゃんいい腕してんねえ! はいよ、これ景品ね!」
「あ、いや、完全に偶然だったんだが……」
恐縮する俺に渡されるぬいぐるみとお面。まったくの幸運で手に入れたが、本当にこれ二つももらっていいんだろうか?
そう思う俺だったが、店番の人はニッと笑って言った。
「こういうのがあると、周りの人も俺も俺もっつってどんどんやってくれるからねえ。お礼だよお礼。持ってきな!」
「はあ、そういうことなら、じゃあ」
「で、で、残り四回分残ってるけどまだやってくかい?」
どうするかなあ……。
もう目的の品を手に入れたし、ぶっちゃけこれ以上は必要ない。そう思ってみづきを見ると、
「…………(きらきらきらっ)」
とても目を輝かせていらっしゃった。ああ、うん、確かにこれは『俺も俺も』なノリなんだろうな。
「……やってみ「やる!」お、そうか」
超食い気味に反応され、俺はみづきに空気銃を手渡す。
見よう見まねで、的に向かってみづきは銃を構えた。
だが、少し構えが不格好だ。これだと上体が安定しないため、まともに当てられないだろう」
「ああ、えっとな、もうちょい前のめりになって、そう、台の上に腹を乗っけるイメージで……肘はもっと体に引き付ける感じでだな」
横から口を挟みつつアドバイスするが……そうしてるうちに気づいてしまった。みづきの尻がこちらに突き出されている形になっていることに。
……これは、なんというか、あまりに無防備で血流に悪い。具体的には下半身のある部分に血液が集中していく感じで、とても見てはいけない気がする。
俺の動揺がはた目にも見て分かるのか、店番の男がニヤニヤしながら俺を眺めている。その目がすげえこう言っていた――兄ちゃん、がっと行っちゃいな! きらり、歯を輝かせながら親指までぐっと立ててきた。
やかましいわ! 心の中でそう反論しながらみづきの下半身から必死で俺は顔を背ける。俺はそもそも年上の女性が好みなんだから、まだ青くさいガキになんて反応するわけがねえだろ!
そんな風に自分に言い聞かせていたのだが。
「あ、ねえタツトラ君、これなんか腰が安定しないかも。抑えてもらっていい?」
「っ、お、おおおう分かった」
不意にそんなことを言われ、思わず動揺してしまう。
「あ、ああえっと、腰……腰だな? わ、分かった抑えるぞ」
少しどもりながらも言葉を返しつつ、腕を伸ばすのだが……腰? 腰を抑えろって、本当にいいのかそれは? そもそもそこって、俺が触れてもいい場所なのか?
疚しい気持ちは別にないのだが、それって絵面的にどうなんだよ。
「あっ」
「ひゃっ」
そんなことを考えていたからだろうか。指先がみづきの腰ではなく、脇腹を掠める。くすぐったかったのか、声を上げたみづきの指がうっかり引き金を引いてしまった。
角度のついた状態で放たれたコルクが、台の側面で跳ねてこちらに戻ってきたかと思うと、俺の額に直撃する。
「ってぇ!」
「はは、兄ちゃんバチが当たったねえ」
店番の男が、ニヤつきながらそんなことを言ってくるのだった。
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