第28話 めんどくさくて分かりやすい

 一通り回ってみてもみづきのほしいと思うものは特に見つからなかったので、今日のところはもうこのまま帰ることにした。


 そうしてデパートをあとにして、地元の駅へと辿り着く。


 そこで改札を通り抜ける時に、


「あっ」


 とみづきが声を上げた。


 どうしたのかと思いみづきの方を振り返ると、彼女は顔を上げなにかを眺めていた。その視線の先を辿ってみれば、そこにはポスターなどが貼り出されている掲示板があった。


「……げ」


 その中の一枚を見て、俺は思わずそんな声を上げる。『君はひとりじゃない!』って文字がでかでかと印字されている自殺防止ポスターなんだが……学生服の男女が笑顔で並んでるデザインで、その明るさが逆につらい。余計に死にたくなってくる。


 これは俺の見方が捻くれちまっているんかね。でもなあ、死にてえつれーって思いつめてる時に、こういう笑顔なんかを押し付けられても逆に惨めになっちまうと思うんだよなあ。


 この時の俺はそんなことを考えていたのだが、みづきはその自殺防止ポスターから二枚ほど横にずれた位置にあるチラシに気を取られていたらしい。


「夏祭り、か」


「うん」


 はっぴと提灯といういかにも祭りらしいデザインのチラシには、『夏祭り』という文字が大きめのフォントで前面に打ち出されている。そのすぐ脇には開催日時の表記もあって、それによるとちょうど次の土曜日の午後六時からこの駅前でやるようだった。


「そうか。夏だもんなー。毎年、このぐらいの時期にやってるもんな」


「そうなんだ?」


「そうなんだって……その口ぶりだとまさか行ったことねえのかよ?」


 思わず驚いてみづきの顔を見ると、彼女は「だって……」と唇を尖らせていた。


「一緒に行く相手もいないし、土日はそもそも遊ぶ時間とかもこれまでは作ったりできなかったし」


「そうか……」


「タツトラ君は祭りって行ったことあるの?」


「言わせてもらうが、行ったことない奴の方がレアだと思うぞ」


 今となっては行くこともそうないが、子どもの頃は何度か親に連れられて祭りに出かけたことはある。奏とも二、三回ぐらいは一緒に行っていたはずだ。


 射的とか、くじびきとか、ああいう遊びは好きだったな。他にもたこ焼きやわたあめなど、普段はあまり口にしないものを食えるのも楽しみのひとつだった。


 ……そういうのを、十六にもなってみづきはまだ知らないのか。


 屋台から香ってくるソースの焦げたにおいも、


 色とりどりの浴衣でひしめく雑踏を掻き分ける感覚も、


 子どもがゴム風船をドリブルしながら駆け抜けていく後ろ姿も、


 ざわめきに紛れて聞こえてくる祭囃子も。


「…………」


 全部全部、こいつは体験したことがないってことだよな。


 ちら、と見ればみづきは熱心な目でチラシを見つめていた。瞳には憧憬じみた熱が込められていて、唇からは物憂げな吐息が零れ落ちている。


 胸元でキュッと軽く握られた拳は、まるでなにかの想いを秘めているかのようだった。


 ――ったく。そんなツラされたら、知らないふりもできねえだろうが。手のかかるガキだな、相変わらずよ。


「久しく行ってねえけど――ま、たまにはいいかもな」


「……え?」


「つってもまあ、一人で行くのもつまんねえしな。お前、この日ついてこい」


「い、いいのっ?」


 みづきがぱあっと目を輝かせる。だけどすぐに思い出したように不貞腐れた顔つきになって、ぷいっと俺から目を背けた。


「あ、で、でも、お前なんて人知らないっ」


「そうかー。じゃ、一人で行っても退屈だしやめとくか」


「そんなことは言ってないっ」


 ぐいっ、とみづきが俺の服の裾を引っ張ってくる。しかも結構な力で、だ。


 思わず上体を持っていかれる俺に、隠しきれない喜びを滲ませみづきが告げてきた。


「お前なんて人知らない、けどッ、あ、あたしは、その、一緒に行ってあげてもいい……よ?」


「そうかよ」


 ふっ、と思わず笑い声が漏れる。なんてめんどくさくて――分かりやすいやつなんだよ、お前は。


「じゃ、土曜日は頼むわ」


「う、うんっ」

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