第27話 ほどほどにしてもらわないと困る

 完璧な仮面を被ったみづきが、三人組に小さく会釈する。すると彼女達は、「わあっ」と嬉しそうな声を上げると弾むような足取りでこちらに近寄ってくる。


 まるで、ひいきにしているアイドルに運よく街角で出会ったかのような反応だ。もしかすると、彼女達にとってみづきはそういったアイドル的な存在なのかもしれない。みづきが今浮かべている表情と、元の容姿を鑑みてみれば、なるほど納得できる扱いだった。


「こんなところでお会いするなんて偶然ですね!」


「お足の具合はどうなんですか? 復帰の予定はあるんですか?」


「私たちみんな、水嶋さんの次の舞台がいつになるのか楽しみで仕方がないんですっ」


 近くまでやってきた彼女達は、熱心な口調でみづきにそう言って話しかけてきた。


 それらの言葉に、みづきはいちいち「ええ」とか「それは、まだちょっと……」とか「ありがとうございます」とか、律儀に相槌を返している。その間、仮面は一ミリも崩れる様子は見えなかった。


 ……今は表情には出していないけど、みづきの性格からして無理、してんだろうな。そう思うがさすがに口出しをするわけにも行かない。下手に横槍を入れたところで、今はみづきの邪魔をすることにしかならなさそうだったから。


「それにしても、意外ですね」


 三人組のうちの一人が不意に口を開く。小柄でめがねをかけた子だ。


「意外、ですか?」


 首を傾げるみづきに、「ええ」とめがねの子はうなずくと、


「こういうところに、水嶋さんがいらっしゃることがあるんだなあって。それも――」


 ちら、と俺に向けられる視線。


「――男の人と一緒に」


「この人は……」


 ほんの僅か、みづきの浮かべた仮面が揺らぐ。なんて説明すればいいんだろう――そんな惑いが仮面の下に垣間見え、俺はとっさに口を差し挟んでいた。


「みづきの叔父だ。今日は、あー……」


 なんて言ったもんかな。考えてみるが、とっさに思い浮かぶもんがない。ちら、と視線でみづきの様子を見るが、みづきはみづきで俺の出方をうかがっているようだった。


 ……なんだか面倒くさいことになったぞ。


「…………ったく」


 億劫になってしまった俺は、口の中で小さく毒づくと、あえて椅子の音を鳴らしながら立ち上がる。


 それからみづきの腕を掴むと、半ば強引に引きながら歩き出した。


「え、ちょ……っ」


 みづきが戸惑いの声を上げるけど、それには構わない。


 代わりに、話しかけてきた女の子たちの方に軽く振り返り、「すまんな、これから行くところがあるから」と手短に告げた。


「た、タツトラ君、なに? どういうこと?」


 女の子たちからある程度離れたところで足を止めると、みづきがまだ戸惑いを残したまま後ろから訊ねてくる。俺の足に合わせて歩かせてしまったためか、彼女の息は少しだけ上がっているようだった。


「いきなりあんなことするなんて……それに、行くところって一体」


「あ? 行くところなんて、別にねえよ。あそこ離れるための方便に決まってんだろ」


「離れるためって……」


「薄気味悪い仮面浮かべて、無理して笑ってる女があまりにキモすぎてな」


「……っ」


「ダメだったか?」


「……ううん。むしろ、ありがと」


 礼を口にしながら、少し疲れたような笑みをみづきが浮かべる。そんな彼女にどういう言葉をかけてやるのが正解なのかは分からない。


 ただ、どこか縋るような目をした彼女の腕を、今は掴んだまま放す気にはなれなかった。


「今のは、多分、あたしのこと知ってる人でさ。……たまに話しかけられるんだ。それでいつも、期待してる、応援してる、って言われる」


 儚げに震える唇で、不意にみづきがそんな言葉を口にする。どこか哀切な響きが込められた言葉に、俺は黙って耳を傾けた。


「そんなこと言われても、困っちゃうのにね。いっそのこと、あたしのことなんてみんな忘れちゃえばいいのに」


「……」


「……ごめん。変なこと言った」


「別に、そんなこと思っちゃいねえよ」


 自嘲するように笑うみづきにそう返す。


 彼女の抱えている事情について俺は知らない。彼女から言い出さない限りは、こちらから追求するつもりもない。


 しょせん、他人でしかない俺がみづきにしてやれることなんて限られてるんだ。それが家族やプライベートに関わる問題なら、なおさらのこと。なにか助けになってやれる、だなんて自惚れたことは思っちゃいなかった。


 何かしてやろう、だなんてのはきっとただの思い上がりで、みづきからしてみりゃ巨大なお節介ってやつなんだろう。


 そんなことは分かってる。分かっちゃいるけど、気づけば俺はその言葉を口にしていた。


「みづき。お前は、友達とかいるのか?」


「友達?」


「ああ」


 まだ浮かない顔つきのみづきは、「友達かぁ……」と少し目を逸らしながら呟いた。


「さっきみたいな人達は、うん、けっこういるかな。割と、たくさん」


「ああいうのは、友達とは違うだろ」


「知ってるよ」


 と、力なくみづきが唇を尖らせる。


「だから、そだね。友達はいないかな。いないけど――」


「けど?」


「あたしにはほら、タツトラ君がいるから」


「……みづきにとって、俺はいったいどういう扱いなんだ?」


「それは……うーん」


 少し考え込むようにみづきが首を傾げる。それからふと、思いついたように顔を上げて言った。


「……お節介おじさん?」


「おい」


「お説教おじさん?」


「ちょっと待て」


「変態ロリコンストーカー?」


「冤罪だ!」


「知ってる? 図星を突かれると人は怒り出すんだって」


「だから、あらぬ疑いをかけるのをやめてくれっ」


 とんでもない言いがかりに、思わず俺の声も荒くなる。そんな俺を見てみづきがおかしそうに「んっへへっ」と笑みこぼすが、こちらとしてはたまったもんじゃない。


 ったく……ほんと、ほどほどにしてもらわないと困るぜ、マジで。


 クソッ、さっきまで冴えないツラしてたくせに、楽しそうに笑いやがって。俺なんぞをからかうのがそんなに楽しいってか? 迷惑極まりない話だな。


 けっ。


 ま、そうやって笑ってる方がいいけどな、お前は。

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