第18話 待ち合わせ

 週の開けた月曜日。


 妙に気まずそうな顔つきのみづきが、朝のコンビニで待っていた。


「よう。はよ」


 そう挨拶の言葉をかけてみても、ムスッとした顔つきで睨み返してくるばかりである。


 ……ったく。今日はいったいなにが気に食わないんだか。


 そんな風に俺が内心やれやれと首を横に振っていると、みづきが真っ赤な顔で言ってきた。


「か、勘違いしないでよねっ。すっすすす好きってのは、別にっ、そういうんじゃないんだからっ」


「好き? っていったい……ああー」


 言われて思い出す。そういや、ハンバーグ(になり損ねた黒い塊)を振る舞ってもらったあと、連絡先の交換をしたみづきから、『ほんとは好き』というメッセージが送られてきたのである。


 その時は大して気にも留めていなかった。せいぜい、『送る相手でも間違えたんかな?』と首を捻ったぐらいである。


「気にすんなよ。別になんとも思っちゃいねえよ」


 だから俺は、そうやって勘違いしていないこと・・・・・・・・・・を伝えたのだが……。


「なんで気にしないのっ」


 とみづきは目をサンカクにしてぷんすかと怒り散らした。


「気にしたほうがいいのか?」


「よくないけどっ」


「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」


 俺がそう聞くと、みづきはむっつりと黙り込む。ああ、この表情はきっとあれだな。言いたいことがあるはずなのに上手く言葉にできなくてイライラするから、なんだかとっても当たり散らしたいって感じの顔だ。


 そんな俺の予想は見事に当たった。二秒後、みづきは苛立たしげに腕を振りかぶり、こちらの肩の辺り目掛けて叩いてきた。


 しかし、読まれている攻撃が当たるわけもない。仰け反るようにして俺がみづきの攻撃を避けると、彼女は地団駄を踏むようにして非難の言葉を浴びせてきた。


「なんで避けるの!」


「じゃあみづきは、俺がこれからお前を殴るぞって宣言してから殴ったら、素直に当たってくれるのか?」


「は? 避けるに決まってんじゃん。バカなの?」


 ……どーよ、この理不尽っぷり。ったく、蔑む視線を向けてくるみづきの眼前に、ぜひともインカメラにしたスマホの画面を突き付けてやりたいところだな。


「そんなことより。タツトラ君、その……約束のことは、ちゃんと覚えてる?」


 怒り冷めやらぬのか、頬を赤らめたままみづきがだしぬけに問いかけてくる。


「約束? あー……」


「なにその気のない返事。忘れてたの?」


「別に忘れてたわけじゃねえよ。ちゃんと覚えてるって」


 タバコを取り出して口に咥えながら俺がそう言うと、みづきは「どうだか」とでも言わんばかりの目を向けてくる。ったく、疑り深いやつだ。


 呆れ交じりの吐息を煙と共に吐き出しながら、腕を伸ばしてみづきの髪をかき混ぜた。


「わぷっ」


「夕方、仕事終わったら連絡すっからお前はおとなしく待ってりゃいいんだよ」


「お前なんて人知らない」


 ぶつくさ文句を言いながら、みづきが俺の腕を乱暴に払い除ける。


 だが、ピンク髪の毛先を揺らしながら、ムスッとした表情で顔を背けると、


「…………………………でも、覚えてるならいい」


 ぼそり、とそう呟くのであった。


 * * *


「タツ。今日はもう上がっていいぞ」


 おやっさんにそう言われ、俺は作業していた手を一瞬止める。


 俺の仕事は廃品を格安で回収して、修理したり、部品を抜き取ったり、どうしようもない部分をゴミとして処理施設に持ち込んだりするような仕事である。


 昔取った杵柄、と言っていいのだろうか。機械いじりをする機会も多かったため、色々あったあともこの仕事にありつくことができたのは四年前のこと。行く当てもなかった俺を拾ってくれたおやっさんには感謝の気持ちしかない。


「っす。この配線だけやっつけたら上がります」


「いいからおとなしく上がっとけ。そんなそわそわしとって仕事になるかバカモンが」


「……っす」


 愛想はないが妙に鋭いところのあるおやっさんには、どうやら色々お見通しだったらしい。約束・・のこともあり、確かに俺は少し落ち着かない気持ちで今日は一日仕事をしていたからだ。


 ……少しばかり申し訳ない気持ちになる。大人になったつもりでいたが、まだまだ若造だってのを自覚させられるな。


「どれ。ちなみにどこまでできた」


 ひょいっと、おやっさんの禿頭が横から俺の仕事ぶりを覗き込んでくる。


 それから簡単に検分したあと、「ふんっ」と荒々しく鼻を鳴らした。


「タツの腕もだいぶ上がったな」


「おやっさんのおかげっすよ」


「当たり前だド阿呆。あと半田の処理がまだ甘い。精進しろ」


 端的にそう指摘を飛ばしてきながら、おやっさんが「さっさと行け」と俺のケツを蹴飛ばしてくる。


 時刻は五時半を少し過ぎたところ――おやっさんの厚意に甘えて、ありがたく定時で上がらせてもらうこととしよう。


 軽く汗を拭いて、作業着から私服に着替える。それから事務所を出たところでスマホを取り出すと、すでにみづきからメッセージが届いていた。


 水嶋みづき:遅い


 短いながらしっかりと不満を伝えてくるそのメッセージが送られてきたのは、二時間前。当然ながら、高校生のみづきと社会人の俺とでは帰宅時間に開きがある。


 タツ:今仕事が終わったところだ


 水嶋みづき:あたしを待たせるなんていい度胸


「……いや、こればっかりはどうしようもないだろ」


 思わず口に出して突っ込みを入れる。みづきに合わせて時間給を取っていたら、おやっさんといえど俺をあっさり解雇することだろう。


 しかし待たせているのは事実なので、謝罪の言葉を送ろうとしたところ、


 水嶋みづき:仕方ないから待っててあげる


 なんてメッセージが続けて送られてきた。多分、この文章を入力しているときのみづきはすごい不機嫌そうに唇を尖らせているんだろう――そんな情景がなんとなく想像できてしまう。


 タツ:すまんな。もう少し待っててくれ


 俺もそんなメッセージをみづきへと送り――待ち合わせ場所へと向けて駆け出すのであった。

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