第19話 みづきと一緒に食いたいんだ

「よしっ」


 と、みづきが気合いの声を入れながらキュッとエプロンの帯を締める。


 心なしか、ピンク地の胸元にプリントされた不愛想な面構えの黒猫も、「ふんすっ」と鼻を鳴らして意気込んでいるように見えた。


 場所は、俺のマンションのダイニング。みづきは再び、制服の上にエプロン姿といった装いでキッチンへと向かっていた。


 みづきの背中を横目に、缶ビールのプルタブを上げながら俺はこの間彼女との間にあった出来事を思い返す。


「え、えっと、タツトラ君。あのさ――お礼、また今度改めてさせてもらってもいいかな?」


 ハンバーグを振る舞ってくれた後のこと。みづきが頬を赤らめながらそんなことを聞いてきたのだ。


「改めてって……どういうことよ?」


「それは、だから……今日のハンバーグは、失敗しちゃったから」


「あー、そんなことか。別に全然気にしてねえぞ」


「タツトラ君が気にしてなくても、あたしの方が気にするの! そ、それに……料理が下手くそだって思われたままなのも嫌っ」


 そういうもんかね、とその時は思ったもんである。みづきの料理が下手だろうが上手かろうが、俺は別に大して気にしたりしない。


 だが、みづきの方はどうやら真剣なようで。


「だから……だからね? またタツトラ君に、ご飯を作りに来たいっていうか、その……」


 なんて、指先をつんつんとさせながら上目遣いで問いかけてきた。


 ……最近接してて分かったことだが、みづきにはどうやら妙に意固地なとこがある。この時のみづきもそんな感じで、仮に俺が「そこまでしてくれなくてもいい」などと言ったとしてもあれこれ理由をつけて『お礼』をしようとしてくるだろう。


 それを考えると、ここで無理に断ったり、しなくていいと説得するのも億劫だ。


 仕方がない。ため息交じりに、俺はみづきの言葉にうなずき返すこととした。


「わーったよ。ったく……そこまで言うなら、また飯作りに来てくれよ」


 そう答えると、みづきはぱぁっと花咲くような笑顔を浮かべ、


「ほんとっ?」


 と弾んだ声を返してきた。


「ほんとほんと」


「じゃあ、約束だからね、タツトラ君!」


 ……こんなやり取りをしたのが、つい二日前の土曜日のこと。


 そして、今日。みづきは『約束』を果たすために、こうして俺の部屋を訪れているというわけだ。


 しっかしまあ……犯罪的な光景だよな、制服の上にエプロンって。しかもその場所が、いい歳した男が一人暮らしする部屋と来ているのだから、人に知れたらあらぬことを疑われても仕方がない。


 この間のこともそうだが、みづきには危機感ってやつがないんかね。


「なあ、みづき」


 そう思って、みづきに少しそのことで質問してみたところ――、


「へ? え、タツトラ君って女の子に手を出す度胸とかあるの?」


 ……こんな失礼な回答が返ってきた。


「なんかさ。タツトラ君ってお人よしっていうか、甘いっていうか、割とヘタレっぽいところがあるからそういう心配とか思いつきもしないっていうか」


「失礼な。俺のどこがどうヘタレだっつーの」


「じゃあ逆に聞くけど、タツトラ君はあたしのこと襲えたりしちゃう人?」


「……分からねーだろ。男ってのはケダモノだからな。みづきみたいに男の部屋にほいほい上がり込んでると、いつ襲われても文句なんざ言えねえぞ」


「じゃあ襲ってみてよ」


 包丁を動かす手を止めて、みづきがこちらを振り返りながら挑発的に言ってきた。


「なっ」


「ほら。そこまで言うなら襲ってみたら? 据え膳食わぬは男の恥とも言うじゃない」


「あのなあ……っ、お前はもう少し自分を大事にっ」


「そーゆーとこ」


 声を上げかけた俺の口に、みづきがプチトマトを放り込んでくる。むぐっ、と言葉を詰まらせる俺。


「口は悪いけど、肝心なところじゃタツトラ君って優しいもん。ケダモノはケダモノでも、狼じゃなくて羊とかそういう系統だよね? それで何を心配しろってんだか」


「ぐ……」


「それに……」


 と、みづきが頬を赤らめる。そして、


「別に襲ってくれても……」


 と聞き取れない大きさの声で言いかけるが、すぐに彼女は真っ赤な顔でぶるんぶるんと何かを否定するかのように首を横に振る。


「と、とにかくっ。あたしに警戒してほしいなら、自分の態度でも省みてみたらぁ~?」


 そして真っ赤な顔のまま、俺に向かってそう言い捨てると、「ふんっ」と鼻息も荒くキッチンへと向き直ったのであった。


 男としては舐められていることに少しばかり不満を覚えつつ、ダイニングの椅子に座り直す。別に警戒されたいというわけじゃないのだが、ここまで安全な男・・・・として見られるのもそれはそれで面白くなかった。


 だがまあ、それだけ信頼されているのだと言い換えることもできなくはない。だから決して俺が男らしくないとかではない、はず。


 そう考えているうちに、フライパンがじゅうじゅうと音を立て始め、いいにおいがダイニングに広がり始める。肉と野菜としょうゆのにおいだ。


 みづきが料理を皿に盛りつける頃には、蒸らしまで終えた炊飯器も『ピーッ』と折よく音を立てる。


「飯よそっとくよ。みづきも食うだろ?」


「え、あたしもいいの?」


 席を立ちながら問いかけると、驚いたような顔つきでみづきがそう問いかけてきた。


「一方的に見られながら食うのは趣味じゃない」


「そこは嘘でも、あたしと一緒に食べたいからとか言ったらいいのに」


「みづきと一緒に食いたいんだ」


「うわキモ」


 ……お前が言えっつったんじゃねえか。

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