第12話 面白くない冗談
「……………………お兄ちゃん?」
奏の言葉に――みづきがきょとんとした顔つきになる。
それから俺と奏とを何度か見比べると、気まずそうに頬を赤らめてそっと目を逸らした。
「へ、へぇ~? も、もしかして兄妹なんだ? あたしはてっきり、タツトラ君がモテなさすぎてうっかり小学生に手を出してしまったもんかと……」
「ええっ、お兄ちゃん、そんなつもりだったの!?」
「ねーよ!」
「だ、だよね……お兄ちゃんが好きなタイプって、年上でおっぱいの大きい黒髪清楚なお姉さんだったもんねっ」
「…………っ」
「痛いっ! え、なんでわたし今叩かれたの!?」
いらんこと言うからだろ! ……あとなんでいつの間に俺の好みを把握してんだよ。さては、本棚の裏を探ったな!?
「黒髪清楚かあ……」
みづきがぽつりと呟きながら、自分のピンク髪を指先で撫でる。
思わず俺が彼女を見ると、
「違うから」
と、唇を尖らせてみづきは先んじてそう言ってきた。
「いや、俺、まだ、言ってないけど」
「違うから」
「違うって何が――」
「違うから。黒染めするのもよさそうだなって、ちょっと思っただけだから。他意はないから。ほんとにそれだけ」
「お、おう、そうか……まあみづきは黒より今の髪色のが似合ってると思うけどなあ。派手顔だし」
「派手顔ゆーな」
だって派手じゃん、ハーフ顔だし……とはさすがに口にしない。その程度のデリカシーは俺にもある。
「それにしても……ほんとに兄妹なんだ? 全然、顔似てないけど」
「俺はお袋似で、奏は親父似なんだよ」
「そっか」
その説明でみづきは納得してくれた。……本当は血が繋がっていないからだが、複雑なお家事情をあえて人に話すこともない。無駄に気を遣わせることになるだけだからな。
その辺りのことは奏も理解しているのか、余計なことを口にしない。ってかいつまでも俺に引っ付いてんのやめろよお前。暑苦しいぞ。
心なしか、柔らかな表情を作ったみづきが、奏と視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。
「奏ちゃんっていうんだね。何年生?」
「うぐっ……」
奏が言葉を詰まらせる。まあ、浪人生だもんな……大学落ちたとは答えづらかろう。
「え、え~っとぉ……今は、その、自宅学習の期間というか、社会勉強の最中っていうか……」
「……引きこもり? 不登校? 学校、つらいことあったの?」
優しい声でみづきがそう問いかけるのを意外に思う。思ってたより姉属性なのな、こいつ。いや、奏の方が年上なんだけどさ。
「ち、ちゃんと来年春からは行けるようになるもんっ。今度こそちゃんと頑張るもんっ」
「うんうん。頑張り屋さんなんだね、奏ちゃんは。でも、あんまりつらいなら無理に頑張らなくてもいいと思うよ」
「ば、バカにして~~~っ。今日だってちゃんと、受験勉強してきたもんっ! 問題集の問題、三問も解いてきた!」
「いや、せめてその百倍ぐらいはやっとけよ」
大学受験を控えているなら、一日に解く問題が三問じゃ足りないだろう。奏が大学落ちた理由も推し量れるというものである。
だが、真っ当な突っ込みを入れたはずにも関わらず、みづきが非難の視線を向けてきた。
「そういうこと言っちゃダメでしょ。奏ちゃんだって頑張ってるんだから、褒めてあげなきゃ」
「褒めるったってなあ……」
「それに、こんな小さなうちから受験のことまで考えてるなんてしっかりしてるじゃない。とっても偉いと思う」
「えへへ~、それほどでも~」
へにゃあ、と褒められた奏がだらしなく表情をふやけさせる。
それから、
「で、でも、褒めてくれたからって、お兄ちゃんのことをお兄ちゃんって呼んでいいのは奏だけなんだからねっ」
などとよく分からないことを奏は口走っていた。
――ため息。
「奏。そんなことより、バイトはいいのか? そろそろ十二時になるけど」
「ふぇ!? え、あ、うっそもうそんな時間!?」
わたわたとスマホを取り出して、奏が時間を確認する。デジタルで表示された時間は、午前十一時五十五分を示していた。
「うわー、やばい! わたし、バイト行ってくるね!」
短い脚をせかせか動かして、「ちこくちこくっ」とトーストでも口にくわえていそうな声を上げながら奏が走り去っていく。
その背中を見ながら、俺は「はぁ」と息を漏らした。
「ったく。いつもいつも慌ただしいんだから、あいつは」
「でも、可愛い妹さんじゃん。何年生なの?」
「十九歳の浪人生だ」
「は?」
「奏は十九歳の浪人生だぞ。ナース服が可愛いからって理由で、医大に入ると息巻いている。多分あの様子じゃ来年も落ちるな」
「タツトラ君ってさ」
みづきは表情をピクリとも変えずに、言った。
「たまに面白くない冗談言うよね」
……奏ぇ、冗談だと思われてるぞお前。
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