第11話 間女

 何が気に食わないのやら。


 奏に向けられる視線や口調には、剣呑な色が滲んでいる。


 見れば、いきなり喧嘩腰な態度を向けられた奏も、「へ? え?」とうろたえていた。


 まあ、そうもなるよな。初対面でいきなり刺々しくされたりなんかすりゃ。


「え~と、こいつはな……」


 とりあえず間に割って入って説明しようとしたところで、がばりと奏が俺の腰辺りにしがみついてくる。


 そして――、


「あ、あなたこそ彼のなんなのよっ」


 ――このアホ!


 よりによって、どうしてそんな風に言い返す! それだとなんか、俺が浮気男みたいな感じになるじゃねえか!


 アホの言葉を聞いたみづきが、ピクリと片眉を持ち上げる。眇めた瞳で奏を睨みつける彼女の顔は迫力と威圧感たっぷりだ。


「ひぅっ」


 威圧感に敗北した奏が、悲鳴を上げて俺の後ろに回り込む。すると奏に向けられていた視線が、俺のことを捉えるわけで……。


「ふ~ん……?」


 機嫌悪そうにそう言うと、みづきは「チッ」と舌を鳴らした。


「おい待てみづき。絶対、なんか勘違いしてるだろ」


「まだ何も言ってないけど」


「なら言うな。少し待て。今からこいつについてちゃんと説明してやるから」


「小学生はいけないと思う」


「……そっちかあ。いや、そっちはそっちで確かに勘違いなんだけど!」


「タツトラ君がこんな女と付き合ってるなんて思わなかった。見損なった」


「俺は無実だ! こんなちんちくりんなんかと付き合ってたまるか!」


 げしっ。不意に背後の奏が、ふくらはぎを蹴ってくる。


「わ、わたしはちんちくりんじゃないもんっ。ようえん・・・・びじょ・・・? ……なんだからねっ」


 うるせえお前は黙ってろ! 背中から撃ってこられると、話が余計にややこしくなるじゃねえか! ああもうっ!


 俺を壁にしている奏の襟首をひっつかみ、みづきの前に突き出した。


「ひぐっ」


 隠れ蓑がなくなった奏は、怯んだような声を上げ、


「……………………」


 不機嫌オーラを隠さないみづきは、(物理的に)上から目線で奏を見下ろす。


 しばしの沈黙を挟んだのち、奏の方から口火を切った。


「い、言っておくけどっ……わ、わたしはっ、彼とはもう、十年以上一緒にいるんだからっ」


「…………へぇ?」


 奏のトンデモ勘違い誘発発言に、みづきの纏う圧が増す。


 漫画的表現ならば、ゴゴゴゴゴ……という効果音でもついていそうな雰囲気だ。


「お、おい奏……お前何を――」


 このアホの悪い癖は、混乱するとあることないこと適当なことを口走り始めるところだ。巻き込まれて被害を受けるのはいつもこっちなので、本当にやめてもらいたい。


 慌てて俺は奏の口を塞ごうとしたのだが、そう思った時にはすでに遅かったようで。


「ぽ、ぽっと出の女が彼をどうこうしようなんて百億万年早いんだからっ」


「……………………へぇ、ぽっと出?」


 思わず背筋が凍り付くような声でぼそり、みづきは呟くと――じろりと俺に非難の視線を向けてきた。


「ロリコン」


「なんでこの流れで俺が文句言われるんだよ」


「それが分からないから、ロリコンで変態の浮気野郎なんじゃないの」


「俺はロリコンじゃねえ。第一、浮気ってなんだ浮気って。お前は俺の彼女かっての」


 なんの気なしに口にした言葉だが、みづきの顔がかぁ~っとすごい勢いで真っ赤になる。


 そして。


「っ、は、はあ!? そんなんじゃないしっ」


 と、刺々しい態度で噛み付いてきた。


「勘違いすんなっ。あ、あたし別におっさんのことタイプだなんてこれっぽっちも思ってないからっ」


「ああ、まあ、そうな。分かってるって。ハハ、みづきが俺に惚れるとかな、ありえねーって」


 二十六歳と十六歳。恋愛するにゃ、いささか歳が離れすぎだ。


「……やっぱり分かってないし」


「なにがよ」


「もういい。タツトラ君嫌い」


 まるで猫みたいに、みづきが鼻にしわを寄せてありありと不満を示してくる。


 まったく、なに言いてえのかまるでわけが分かんねえよ。女で、しかもガキってやつはこうだから困る。はっきりモノを言ってくれた方が俺としては百倍ありがてえんだけどな。


 そんな風に、みづきが人に馴れない猫みたいな反応を見せている間に、「ねぇねぇ」と再びこちらに引っ付いてきた奏が甘えた声でニャァと鳴く。


「も~ぉ、あの間女ばっかりずるいよぉ」


「間女」


 すごいワードが飛び出してきた。


 やはりというか、当たり前のようにみづきにもその言葉は漏れ聞こえていたらしく、への字口で文句を口にする。


「あたしは別に、そんな鈍感男の間女なんかになった覚えはないし」


「鈍感男」


 呼吸するように俺の非難を挟んでくるのはやめてくれ。凹んじゃうだろ。


 密かに俺がダメージを受けている間に、奏がむぅっとした口調で言い返していた。


「だ、だったら! わたしのお兄ちゃん・・・・・・・・・にちょっかい出すのやめてよねっ」

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