第13話 大人の威厳
奏が去ったあと。
「あ、ちょっと」
「んあ?」
飯でも買うかとコンビニに入ろうとした俺を、みづきがそう言って引き留めてきた。
足を止め振り返ると、みづきは妙な顔つきをしていた。なにか考え込んでいるような、あるいは困っているような――。
正直、用があるならさっさとしてほしいもんである。こちとら腹が減っている。おにぎりでも弁当でもなんでもいいが、早く何か食いたいもんである。ちなみに最近ハマってるのは、煮卵入りの大きいおにぎりだ。コンビニであのクオリティはすごい。旨い。
「――あのさっ」
意を決した様子で、みづきが口を開く。
だが、彼女が次の言葉を口にするよりも前に……ぐぅ~。
空腹に耐えかねたとでも言いたげに、腹の鳴る音が二人の間に唐突に差し挟まれていた。
「…………俺の腹が、水を差してすまんな」
「タツトラ君と同じで空気の読めないお腹なんだね」
「だから謝ってるじゃないか」
こっちだって恥ずかしいんだぞ。ってか、腹が鳴って恥じらってみせるのは女の役目だろう、女の。少なくとも、俺の知ってる漫画だとそうなってるぞ。
「……で、なんの用だよ。今腹減ってるから、すまんが手短に頼む」
「えっと、じゃあ手短に言うけど……お昼、まだだよね?」
「ああ。なんなら、ついさっきまで寝てたから朝飯も食ってないな」
「そっか。それじゃ……それじゃあさ」
そこでみづきは俺からすっと目を逸らすと、頬を染め唇を尖らせながら、少しつっけんどんな口調で続く言葉を口にした。
「あ、あたしが、えっと……お昼ご飯、振る舞ってあげたっていいケド?」
「――いや、時間かかるからいらねーわ」
「うっ……」
即答すると、みづきが下唇を押し下げながら唸る。顎の辺りに、梅干しみたいなしわが寄っていた。
それから、当惑した様子で彼女は俺に問いかけてきた。
「な、なんで? あたしみたいな美少女に手料理振る舞ってもらうとか、タツトラ君なんかじゃなかなか遭遇できないイベントだと思うんだけど」
「俺なんかじゃって……いや、まあみづきが美少女って点も踏まえて、だいたいその通りだけどさ」
「っ、い、いきなり可愛いとか言うなっ」
※可愛いとは言ってない。
「とにかく。すげー腹減ってるから、飯が出来上がるのを待ってる時間も惜しいんだわ。申し出は嬉しいけど、今日のところは遠慮しとくわ」
「……なにそれ。タツトラ君のくせに生意気なんだけど」
「生意気ってお前なあ……」
とんでもない言いがかりもあったもんである。
それにだ。みづきが俺に手料理を……というのもよく分からない。いったいどういう風の吹き回しなんだ、などと思ってしまうため、正直なところ割合としては喜びよりも困惑の方がかなり大きい。
みづきは黙り込んでしまった。不満げに唇を引き結んでいるが、それ以上何かを言ってくる様子はない。だから俺は、彼女の用事がもう済んだのかと思って、みづきに対して背中を向けた。
しかし三歩も行かないうちに、くいっと引っ張るような抵抗を覚えて、足を止める。
振り向けば、憮然とした面持ちのみづきが、服の裾を掴んでいた。
「…………から」
「あ?」
消え入るような声でみづきは何事かを呟くが、声量が低すぎて聞き取れない。
短く問い返すと、彼女は真っ赤に火照った顔で、「キッ」とこちらを睨みつけながら、
「だから……お礼! ……だから」
「お礼? は? なんの」
言っている意味が分からず首を傾げる。それから、『お礼』という単語から連想されるある言葉を思いついた。
「ああ、お礼参りか? え、俺参られるの? なんで?」
ついそんなことを言うと、みづきの目がすっと冷たくなる。
「お礼参り? は? なにそれ。死語?」
「……っ、な、なんでもねーよっ」
ちょ、そういうのマジでやめてくれよ……女の口にする『は?』は、男には威力が高すぎる。なんで女ってやつぁ、いちいちそういう威圧を挟んでくるんかね。
「とにかく! あたしはただ、タツトラ君にお礼したくて……だから、料理」
「お礼って……え、あのお礼? 恩人的な存在に対して感謝的な意向を示すあのお礼?」
「それ以外になにがあるのっ」
だからこえーよ。唐突に噛み付いてくんなって。
「いや……礼なんてされるようなことをいつ俺がした?」
「それは……あーもうっ」
苛立たしげにそう喚くと、みづきがバシッと俺の腕を掴んで引っ張った。
それから、
「その話は、歩きながらでもいいよね?」
「お、おう……」
迫力に負けた俺は、コンビニを諦めて仕方なくみづきのあとについていくこととなったのであった。
にしても……十六歳に迫力負けして従う二十六歳とか、我ながら情けなさすぎる話だ。大人の威厳ってやつぁ、お星様にでもなったのかね。
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