第8話 ビールの苦味は大人の苦味

 まさか、と思った予感は的中した。


 翌朝。みづきは前日と同じように、コンビニの前で俺のことを待っていたのである。


「お前、今日もいるのかよ」


 呆れて思わずそう言うと、みづきはムッと唇を尖らせて、


「お前なんて人知らない」


 と文句を言ってきた。


 へーへー。分かりましたよ。子ども扱いには断固抗議しますってか。ったく、扱いにくいやつめ。


 そんなことを思っていると、


「む……」


 と、不満を込めた目でみづきが睨んでくる。早く名前を呼べ――視線に込められたそんな圧がすごい。美人がそういう睨み方をすると迫力も増してさらにすごい。


「……みづき」


「ん。よくできました」


 根負けして彼女の名を呼ぶと、みづきは満足げな顔でうなずいた。なんだかなあ。ほんとに、妙なところにこだわるやつだよ。


 やれやれと思いつつコンビニに入る。そしていつも通り、缶コーヒーの会計を終え外に出ようとしたところで――それは起こった。


「お客様、えっと……未成年ですよね?」


 戸惑ったような声が聞こえて後ろを振り向くと、なんとみづきはビールを購入しようとしていた。それも制服姿でだ。


「二十歳ですよ」


「では、年齢確認のできるもののご提示を――」


「二十歳ですよ」


 しかもまた、一瞬で分かる嘘をついている。


 店を出かけていた俺はみづきの元まで後戻りすると、彼女の頭に躊躇なく拳骨を振り下ろした。


「嘘つけドアホが!」


「あいたっ」


 かなりきつめの一撃に、頭頂部を押さえたみづきが恨みがましい目で見上げてくる。


 でもその割には口元が微妙に緩んでいる。なんだその笑顔は。まさか叩かれて喜んでるなんて言うつもりじゃねえだろうな


 ため息を一つ零し、みづきの腕を掴む。


「……すみませんこいつ未成年なんで」


 なんとか店員にそれだけ言って、俺はみづきを外へと連れ出した。


 * * *


「まぁた、タツトラ君お得意のやつ?」


 外に出ると、みづきが後ろからそんなことを聞いてきた。問いかける声は妙に軽やかだ。さっき拳骨を落とされたメスガキとは思えないほどに。


「ああ?」


 と、取り出したタバコに火を点けながら目で問い返す。お得意のやつってなんだよ、と。


「ほら、あれ」


「あれだあ?」


「だぁーから。お説教」


「説教なあ……」


 吸った煙を吐き出しながら、なんとなく間延びした言葉を俺は返した。


 ……実のところ、俺は自分でもなんでこいつにこんなに構うのか分かっちゃいない。万引きしてるところを見た時は、そりゃあびっくりしたしとっさに引き留めてしまったが、タバコだの酒だのをこっそり買って吸ったり飲んだりするなんてのは俺だって昔したことがある。


 だから本当は説教なんてできる立場になんかいないし、大人みたいな口ぶりで『酒は、タバコは、二十歳になってから』なんて言ったところで説得力なんて微塵もないよな。


 でもなんでかな。ダブスタだなんて自覚があったとしても、みづきには構ってやりたくなっちまう。っとけねえって、いつの間にかそんな風に思ってるんだ。


 ……不意に、諦めきったような瞳を、なぜだか荒み切った表情を思い出す。それは、一ヵ月半前に、「どうせ、あたし、要らない子だし」なんて言ってたみづきの顔だ。


「――――」


「……なによ。どしたの?」


 黙り込んだ俺を見上げ、みづきが首を傾げてきた。つれない態度ばっか取られてきたもんだから、こうして案外柔らかい口調で話しかけられるとどうにも調子が狂うような気がしてしまう。


 そんなみづきの頭を――俺は、片手で乱暴にわしゃわしゃとかき回してやった。


「わぷっ――は、はぁ!? いきなり、な、なにすんの!」


 不意のことに、みづきが頬を真っ赤に染めながら俺の手をバシンとはねのける。乱暴な一撃に俺の手首は少々ヒリヒリしたが……ま、多少つれないぐらいのほうがみづきらしいんじゃねえかって、そう思う俺がいるんだよな。


 乱れたピンク髪を慌てて整えながら、みづきが不満げな目つきで見上げてくる。そんな彼女に俺は言ってやった。


「バーロー。聞き分けの悪いガキンチョにお仕置きだっての。ビールの苦味は大人の苦味だ。学生なんぞが口にするには十年は早いわ」


「おっさんのそーゆーとこ、やっぱ感じワル……」


「ほざけよ。なんせ俺は、説教がお得意らしいからなあ?」


 ま、したくてしてるわけじゃねえけどな。説教なんざやらないで済む方が百万倍いいに決まってんだから。


 みづきは、「ふんっ」と唇を尖らせると、


「うっざいなあ、ほんと。あーあ、こんな心配性で説教臭い大人に目ぇつけられて、あたしってほんとかわいそー」


 とか、不満たらたらな言葉を口にする。


 俺も人のこと言えねえが、ほんっといちいち口にする言葉が感じ悪いよなみづきは。可哀想なのは、ガキのヤンチャに振り回されてる俺の方だっての。


「あ、やば。学校行かなきゃ」


 納得しかねる気持ちで俺がタバコを吹かしていると、みづきが不意にそう言って踵を返し走り去っていく。


 慌ててその背中に俺は告げた。


「あ、おい。もうビールとか買おうとすんなよ女子高生!」


 するとだ。俺の声を受けたみづきは、途中でくるりとこちらを振り返ると、「べぇ~」と舌を突き出してきた。なんだよそれは……ガキじゃあるまいし。


「べぇ~、じゃねえよ! おいこらみづき、ちゃんと分かってんのか!?」


 ついそう叫び返す俺だが、みづきはどこ吹く風と言わんばかりの顔つきだ。


 それどころか、何を思ったのか胸元で小さくこちらに手まで振ってきた。


「じゃね。また明日・・・・♪」


「お前、分かってねーだろ!?」


「お、お前なんて人知らないっ」


 お前のことだよ!

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