第7話 女にモテないのは、いいことじゃん

 あろうことかタバコを買おうとしていたみづきをコンビニの外に引きずり出した俺は、買ったばかりのタバコのビニールを剥がしながら、


「あのなあ」


 と、険しい声を出していた。


 無論、声を向けている相手はみづきである。彼女は「むぅ」と唇を尖らせながらも、妙に楽しそうに俺を見上げて首を傾げていた。


「どうかしたの、タツトラ君?」


「どうかしたの、じゃねえだろバカ野郎。万引きの次は喫煙か? ガキがタバコ吸おうとしてんじゃねえよ」


「ガキじゃないもん」


「ガキだろ。だいたいいくつだよお前」


「みづき」


「ああ?」


「お前じゃないってゆってんじゃん」


 ムッとした表情で告げてくるみづきに、「ったく」とつい舌を鳴らす。


「……で、歳はいくつなんだよ、みづきは」


「なんかそれ、若い子ナンパしてるおっさんみたいな言い回しだよね」


「で、いくつなんだよ」


 おちょくるようなみづきの言葉に取り合うつもりはない。同じ質問を俺は重ねた。


 するとみづきは少し不満げな目つきで、


「別に。二十歳だけど」


 と、すぐにそれと分かる嘘を吐く。制服姿、それも超有名なお嬢様学校のそれに身を包んでる癖に図々しい。逆サバ読むのも大概にしろ。


「マイナス何歳?」


「……」


「……」


「……よん」


「十六歳か」


「…………(こくり)」


「ガキじゃねえか」


「こ、子どもじゃないもんっ」


 ムッとした表情で腕を組むと、みづきが不満げに目を逸らす。自分じゃ気づいていないんだろうが、その反応はいかにもガキ臭かった。


「だいたいだな。学生のうちにタバコなんか吸ったところで、あとになって死ぬほど恥ずかしい思いをするだけだぞ」


「……はあ?」


「これは、俺の友達の……そうだな、早乙女君の話なんだがな」


 と、前置きして俺は言葉を続けた。


「初めてタバコを吸ってみた、十八の夜。一口吸ってみたら思い切りむせて、自分の吐いた煙が目に沁みて、死ぬほど苦しい思いをすることになってな。それでも我慢して無理やり一本吸いきって、妙な達成感と共に『俺は大人だ!』とか思ってた自分が……ああクソ、思い出したら殺したくなってくるあのクソ野郎……! ってな具合で、浅はかもいいとこだって、あー……その知り合いは言ってたぞ」


「タツトラ君、そんなダサい高校生だったんだ?」


「だから友達の話な。俺じゃねえから。俺じゃねえから」


「嘘はよくないと思う。タツトラ君、友達とかいなさそうだしぃ?」


「いるから! 俺友達めっちゃいるから! そういう決めつけとかマジでやめてもらいたいんだけど!」


 そう反論すると、くすくすとみづきが笑みこぼす。


「その反応、白状してるようなものじゃない?」


「さ、さーあ? なんのことだか分かんねえなあ」


 そうごまかす俺に、みづきが楽しそうな目を向けてくる。おいやめろ、そんな目で俺のことを見るな! ちげーんだよほんとに俺じゃねえんだって……忘れたい……。


「とにかくだ。みづきだって、大人になってから、『あたし、不良ぶってタバコとか吸っちゃう痛い女子だったの』とか言いたくねえだろ。やめとけやめとけ」


「別にそんな風にならないし」


「なるね。絶対なる。第一だな、タバコなんていいことねーぞ。体に悪いし、金はかかるし、女にだってモテねーし」


「女にモテないのは、いいことじゃん」


「よほど人の不幸が楽しいと見えるなお前」


 俺が顔をしかめると、みづきは「んっへへっ」と笑ってみせた。


 それから、


「でもほら。同じタバコ吸ったらタツトラ君とおそろな感じとかしない?」


 とテンション高めに言ってくる。


「しねえよ」


「タツトラ君、なんか冷たい」


「なんでそうなる」


 彼女の態度に腑に落ちないものを覚えながらも、俺は言葉を続けた。


「まあ、とにかくだ。タバコは二十歳になってから、だ。十年早いわ」


「四年だよ」


「こまけぇこたぁいいんだよ」


 軽く握った拳をみづきの頭にコツンと落とす。すると彼女は、拳を落とされたところを妙に嬉しそうな様子で手で押さえた。


「タツトラ君お得意のお説教?」


「されたくなけりゃ、バカなことすんな」


「されたかったら、してもいいんだ?」


「……俺がそういうつもりで言ってるわけじゃないこと分かってるよな?」


「そんなの、分かってるしぃ?」


 悪戯っぽい口調でそう言いながらみづきが笑う。ほんとに分かってんのか、こいつ?


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、みづきはくるりと踵を返して言ってきた。


「んじゃね。バイバイ、タツトラ君。また明日・・・・


 ……また明日・・・・


 こいつ、まさか……。

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