閑話 万引き少女と熱い顔

「頬、あっつぃ……」


 コンビニから走って離れたところで、少女は打たれた頬にそっと手を添える。


 鏡を見れば、きっとそこは真っ赤になっていることだろう。強烈な一発は衝撃的で、実際に痛くて、今でもジンジンと熱を帯びている。


 でも、なんでか分からないけれど、打たれていない側の頬まで妙に熱っぽい感じがしていた。


「なにこれ」


 なんだか顔がホッカイロにでもなったみたいで、少女は未知の感覚にポツリと呟く。


 しかも熱を感じているのは頬だけじゃない。胸の真ん中で鼓動を放つ心の臓は、ドクンドクンとやたらうるさい。


 ――もしかして、これが世に言う、恋に落ちる・・・・・というやつだろうか?


 そんなことを考えて、少女はぶるんぶるんと首を横に振る。


「ありえないし! だって……だって相手はおっさんだしっ」


 思わずそんな声も出てしまう。独り言としては大きすぎる音量だったのか、通行人がギョッとした表情で振り向いてくるけれど、それに彼女は気づかない。


「違うもん。そんなんじゃないもんっ」


 なんて、自分に言い聞かせるようにして登校したけれど、授業中でもコンビニでの出来事は頭にこびりついて離れない。


 結局その日は、放課後までいつものおっさん・・・・のことを考えてしまっていた。


 ――これまでは、説教臭くてウザいだけの、面倒くさいおっさんだとずっと思っていた。


 だけど今では……。


(叱ってくれる、心配してくれる大人なんだ……)


 そんな風に自分が考えていることに気づく。


『んなもん俺がとっくにしてるっつーの!』――そう言って吼えたあの声は、鼓膜を通じてまるで脳をガツンと殴りつけたかのようだった。


 それを思い出すだけで、なんだか全身がカァ――ッ、と熱くなっていくみたいで。


(そっか……もう、一ヵ月半も経ってるんだ。あの人があたしに声をかけるようになってあら)


 そのことに気づいてしまえば、もう認めないではいられない。


 今日、激しく叱られたことで――いや、本当はもっと前から、嫌っていたはずのあの大人に心を許していたことに。


 また明日・・・・などと気づけば告げてしまっていた辺り、知らない間に相当信頼も寄せているのがよく分かる。そんな自分を認識すると、彼女はなんだか無性に恥ずかしい気持ちになってしまって。


(うぅ……あ、明日あたし、どんな顔して会えばいいのかなぁ)


 なんて思い悩みながら、すっかり温くなった缶コーヒーを額に押し付けるのであった。

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