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ふわんっと、ドアが開いた。
睦実のイメージとしては、こんな場所の建物は、むしろ無機的にそして実用的に作られているものと思っていたので、驚いた。
まるでカーテンのように、ふわりとドアが開いたのだ。
ちょっとびっくりして目を見開き、動かない睦実を見て、案内をしてくれていた職員の男性が、ああ、と納得したような表情(かお)で笑った。
「たいていの方は、びっくりされるんですよね。ここの、ドアの開き方」
「はあ……」
そんなに驚きますか? という職員の言葉に、睦実は曖昧に頷いた。
正直言って、このような場所に入ったのは、初めてである。
「宇宙開発センター」という名称はさすがに知っていたものの、まさか自分が、その本拠地でもある高層ビルに入ることになるとは、今まで一度も考えたことがなかったのだ。
まあ、この「宇宙開発センター」と言うのも、実は単なる通称であり、本来は英語の長い総称と、最後に「日本支部」という言葉がつくのだが、「日本人に、わかるように」と言うことで、「宇宙開発センター」と言い方を、マスコミ関係などはすることが多かった。
宇宙歴に入って三百五十年を過ぎた現代では、昔のように、「国」という概念では政治を考えなくなり、「惑星」や「コロニー」で政治的なまとまりができている。
だが、地上に住む多くの人々は、「地球」という一つの政治概念でまとまりながらも、各々地域の文化や生活を守って暮していた。
宇宙に移住する人も増え、移住した先の「惑星」や「衛星」、「コロニー」で生まれ、地球を故郷としない世代が増えてきても、大地に根を張り、そこで生きることを選ぶ人が地球では多かった。
まあそんなところが、宇宙で生活している者達に、「地球に縛られている」と批判されるのであろうが。
それでも、そんな生き方が悪いとは、睦実は思わなかった。
実際、睦実が大学で専攻しているのは農業であり、それも、土に直接植えて育てる農法だった。
今や少なくなった農作業方法だが、生まれ故郷の島では、誰もがやっていることだった。
睦実の故郷の島は人口も少なく、決して豊かではない。
だが、その希少価値となった農法を上手く使えば、と思ったのだ。
だから島で唯一の高校を(同級生は二十五人しかいなかった)卒業した後、睦実は大学進学をすることを選んだ。
故郷に錦をーという考えではなく、何か役に立ててればいいな、という思いからだった。
つまり。
睦実にとっては、島を離れての生活も、十分とまどいが多かったのだがーなにせ歩道は動くわ、道には本物の花ではなく、立体映像の花が浮かんでいるわ、お店にはロボットの販売員がいるわ、と今まで経験したことがないことばかりだったので―それが宇宙までとなると、本当にそれ以上のとまどいを感じるのだった。
そう。
自分には一生縁のない場所だと、睦実は思っていたのである。
ならば何故、睦実はこの場所にいるのか。
それは、母に頼まれたからだった。
★
三日前に。
母から、立体映像(ホログラフ)通信(つうしん)で連絡があったのだ。
「おじいちゃんから手紙が来たって、宇宙開発センターから連絡が来たの。睦実、悪いんだけど、取りに行ってくれない?」と。
「はいっ?」
一瞬、睦実は何のことかわからなかった。
父方の祖父母も、母方の祖父母も、今はもう亡くなっている。
「何で、そんなところが、おじいちゃんの手紙を預かっているのよ」
それでも一応、最も基本的な質問を母にしてみた。
「ああ、だって、それは宇宙に行ったおじいちゃんからの手紙だから」
「えっ?」
「あなたの血の繋がったおじいちゃんから、手紙が来たの。移住した星から出された、手紙がね」
その瞬間、睦実は言葉が出なかった。
★
芹沢(せりざわ)実(みのる)。
実の祖父の名前を知ったのは、中学生の時だった。
あれ以後、母とは実の祖父の話は全くせず、睦実自身も、実の祖父は、宇宙船の事故で亡くなったと思い込んでいた。
だがあれは、義理のーでも、本当の祖父だと睦実は思っていたー祖父が亡くなって、一ヶ月ぐらい経った頃だろうか。
当時中学生だった睦実は、一人になった祖母をさみしがらせないようにと、学校が休みになる週末になると、泊まりに行くようにしていた。
「おばあちゃん」
がらっとガラスの引き戸を開けると、居間の畳の部屋で、祖母は部屋一面にアルバムや写真を出して広げていた。
「おばあちゃん、何しているの?」
「あら、睦実。いらっしゃい」
テーブルの上に置いたアルバムに見入っていた祖母は、睦実が声をかけると、顔を上げた。
「アルバムを見ていたの?」
祖母が見ていたアルバムを、そう言いながら覗き込む。
「そうよ。ちょっと、整理しておこうと思ってね」
白い台紙の上には、幾つかの写真が張られていた。
立体映像(ホログラフ)写真(ピクチャ-)もあるが、だいたい「思い出」として長く残しておきたい人達は、この平面型のプリント写真を好んで使っていた。
祖母も母もこのタイプの人間だったので、睦実の自宅にある睦実や姉の実浩の写真は、この平面型のものがアルバムに張ってある。
「これ、お母さん?」
自分と同じ中学の制服を着た少女の写真を見て、睦実は祖母に聞いた。
「ああ、そうだよ」
祖母も、睦実の指した写真を見て頷く。
「じゃあ、この抱っこしている赤ちゃんは……」
「貴宏(たかひろ)叔父さんだよ」
「うわぁ、そうなんだ~」
叔父の貴宏は、島で漁師をしていた。
筋肉質のがっしりした体と高い身長を持つ叔父も、やはり赤ん坊だったのかと、睦実は妙なところで感心した。
「あの子は、どこに行くにも朱実(あけみ)姉ちゃん、朱実姉ちゃんって言って、あんたのお母さんにべったりだったね」
「うわっ意外~」
叔父は母よりも先に結婚していたので、従弟達は、睦実よりも年上だ。
大学進学と共に島を出て、三十歳を過ぎてから島に戻って来た母は、その時に、叔父の友人だった父と再会し、結婚をしたのだ。
と、その時ふと、テーブルの上にアルバムには張られていない写真に気付いた。
三十代ぐらいだろうか。
短めの髪型をした、茶色に近いオレンジ色のつなぎを来たその男の人は、笑っていた。
「これ、誰?」
何とはなしにその写真に手を伸ばし、睦実は祖母に尋ねた。
「ああ、それは……あんたの、おじいちゃんの写真だよ」
「おじいちゃんの、若い時の写真なの?」
睦実にとっては、「おじいちゃん」とは、亡くなった義理の祖父しかいなかった。
だから、あんまり今のおじいちゃんと似てないなあと思いながら、そう言った。
「違う違う……あんたのお母さんの……朱実の、お父さんの写真よ」
その言葉に、一瞬、睦実ははっとなった。
昔、母に一度だけ言われた言葉を思い出した。
「確か、お母さんが生まれる前に、宇宙船の事故で亡くなったんだよね」
写真をテーブルに置きながら睦実がそう言うと、祖母は目を丸くした。
「あの子が……お母さんがそう言ったのかい?」
「うん。もう随分前に。確か、宇宙船に乗って、お空に行っちゃったって言ってたよ?」
その睦実の言葉に、祖母は納得したように、「ああ」と、頷いた。
「睦実、それは本当のことなの」
「えっ?」
「あんたの血の繋がったおじいちゃんは、本当に宇宙船に乗って行ってしまったのさ。この地球から三十光年離れた、惑星にね」
祖母の言葉に、今度は睦実が目を丸くしてしまった。
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