ZERO―手紙―

kaku

1

 手紙が来た。

 六十年前に、地球を去った人から。

                ★


 祖父のことを知ったのは、小学生になったばかりの頃だった。

 世間では、「ジュニアハイスクール」などと呼ばれるようになって久しかったが、小さな生まれ故郷の島では、誰もが、「小学校」と呼んでいた。

「俺たちゃ、日本人だぜ。何で、外国読みなんかにしなきゃいけないんだ」

と、周りの大人達は言い、実際、その島に住んでいるのは、日本人がほとんどだった。

 そんな昔からの知り合いばかりの島では、誰もが住人の家々の事情に精通しており、当然のことながら、自分と、自分が祖父だと思っていた人との関係も知っていた。

「お母さん、私の本当のおじいちゃんって、誰なの?」

 学校から帰るなり、布団を取り入れていた母親に、睦実(むつみ)はそう尋ねた。

「なあに、いきなり」

 布団を濡れ縁に置いた母は、目をぱちくりとさせた。

「私のおじいちゃんは、本当のおじいちゃんじゃないんでしょ? だから、私の本当のおじいちゃんって、誰なの?」

「あら、睦実。誰からそんなことを聞いたの?」

「ゆうきちゃんのおばあちゃんと、こうちゃんのおばちゃんが、お話していたよ」

 周りの大人達は、決して直接睦実にそんなことは言わなかった。

 だが、睦実を見た後、

「あの子は、荒河(あらかわ)さんとこの、子や」

「ああ、菱原さんとこの……」

「あの連れ子さんの子が、あそこまで大きくなったんかあ」

「菱原(ひしはら)さんも、ええ人や。血のつながらん子の孫まで、かわいがって」

 と言う会話を大抵交わし、それを、とうとう耳ざとく睦実は聞きつけてしまったのだ。

「何言っているの。睦実のおじいちゃんは、お父さんの方も、お母さんの方も、どっちも本物よ」

 だが母は、睦実の言葉に、あっさりとそう言った。

「えっだって……」

 その言葉に、睦実はとまどった。

 睦実にとって「家族」と言うものは、全員血が繋がっているものだったのだ。

「お母さん達が忙しい時に、睦実達を海に連れて行ってくれるのは、誰? 釣りの仕方を教えてくれるのも、泳ぎ方を教えてくれるのも、お正月にお年玉をくれるのも、菱原のおじいちゃんと荒河のおじいちゃんでしょ?」

「うん……」

 どちらの祖父達とも別々に暮していたが、父方の祖父も母方の祖父も、睦実や姉の実浩(みひろ)のことを、とてもかわいがってくれていた。

「だったら、血が繋がっているかどうかなんて、関係ないじゃない。どっちも、睦実の本当のおじいちゃんよ」

 ポンポンと、濡れ縁に置いた布団を片手で叩きながら、母は言った。

「それにね、睦実の血の繋がっているおじいちゃんのことは、お母さんも知らないのよ」

「えっ?」

「その人はね、お母さんが生まれる前に、宇宙船に乗って、お空に行っちゃったんだって。だからどんな人なのか、お母さんにもわからないの」

 そう言うと、母は、また外に干している布団を取りに行った。

 「手を洗ってからおやつを食べるのよ~」と、いつもと変わらない言葉(こと)を言いながら。

 それで、祖父の話はお終いとなった。

 だから。随分と長い間、自分は、その言葉どおりに受け取っていたのだ。

 祖父は宇宙飛行士で、母が生まれる前に、ロケットの事故で亡くなったのだと。

 子どもながらにも、時々流れてくるニュースで、宇宙飛行士がロケットの事故で亡くなることがよくあることは、わかっていたからだ。

 だがその母が言った言葉が、全くの事実通りであることを知ったのは、随分と後になってからのことだった。

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