2-3
トラットリア
「美夜ちゃんと木崎さんがいつの間にか仲良くなっていて驚いたよ」
「そこまで親しくはないんです。友人か知人なら知人レベルでたまにメッセージのやりとりをするくらいで」
美夜はカウンターの隅で出来立てのパスタにフォークを入れた。
今日の夕食は厚切りベーコンのアマトリチャーナ。ムゲット自慢のトマトベースのパスタは食に無関心な美夜をも虜にする。
「知人レベルの人に彼女役を頼むかな? 木崎さんは美夜ちゃんに気があったりして」
『園美ー。あまり二人を冷やかすなよ』
夫に諭されて園美はペロッと舌を出した。
園美の夫の白石雪斗は明日の仕込みの真っ最中。フライパンの舞台で踊るたまねぎが奏でる
刑事には適度な休息も必要との上野一課長の方針で捜査一課の刑事には必ず週2日の休みが確保されている。
来週の休みも誰かと会う予定もなければ出掛ける予定もなかった。休日を木崎愁の面倒事に付き合わされても惜しくはない。
美夜の前に食事をしていた客達が次々とムゲットを去る。最後の客となった美夜も会計を済ませようとした時、彼女の視線はレジ横に
木製の什器にディスプレイされたアクセサリーのモチーフはどれも鈴蘭。定番のハートや星がモチーフのアクセサリーはひとつもなく、パールやビーズで作られた鈴蘭の花畑が広がっていた。
「お店の名前の
「鈴蘭は私達夫婦を繋げてくれた花なの。私が雪斗のご両親のお店で落としたピアスがハンドメイドで作られた鈴蘭のピアスだったんだ。これなんか、あの時のピアスによく似てる」
什器に飾られた鈴蘭畑の中で園美が触れたピアスはころんとした白くて可愛らしい鈴蘭の花と透けるビーズの葉が先端で揺れるタイプのスタッドピアス。
「鈴蘭に毒があるのは知ってる?」
「はい。毒は根と花に多く含まれていますよね」
水溶性の鈴蘭の毒は鈴蘭を生けた花瓶の水を誤飲しただけで中毒症状を引き起こす。症状は嘔吐や頭痛、めまい、心臓麻痺など。摂取量によっては死亡する場合もある。
致死量は体重1キログラムあたり0.3ミリグラム。青酸カリよりも強い猛毒だ。
愛らしい見た目とは裏腹に鈴蘭は恐ろしい毒草の顔を隠し持っていた。
「飲食店の名前に毒のあるお花の名前は相応しくないと思ったんだけどね。私達の縁を結んでくれた花だからどうしても鈴蘭がよかったんだ」
「こんなに可愛い姿をしていても毒があるんですよね」
「そうね。綺麗な花には毒がある……のかしらね」
ふふっとおどけて笑う園美の隣で美夜の指が宙に動く。彼女の細長い指が園美が触れていたピアスを指差した。
「このピアス頂いてもいいですか? 木崎さんと会う日に着けていけるアクセサリーがなくて……」
「もちろんよ。すぐに袋に包むね。美夜ちゃんに着けてもらえてこの子も喜ぶわ」
落としたピアスを拾ってくれた男と結婚、園美と雪斗の物語はシンデレラのような夢のあるラブストーリーだった。
自分にはそんな夢のラブストーリーは訪れない。期待もしていない。
それでも手に入れてしまった鈴蘭のピアスは彼女のガラスの靴になるだろうか?
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