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「そうそう。明後日、日本橋に美術館がオープンするの。お花と金魚を組み合わせた水槽の展示があるそうよ。プロデュースに雨宮家が関わっているとか」
『雨宮家……。そうですか』
朋子の口から
「雨宮家もずいぶんと派手なイベント事に手を出すようになったものね。前の当主は厳格な方だったのに今は芸能人でも気取っているような活動の仕方。これが今の時代の華道界かしら」
『京都に引っ込んで花を生けるだけでは金にならないのでしょう』
雨宮家は京都に本家を置く華道の家柄。雨宮流には門下生も多く華道界での知名度も高い。
東京には雨宮の分家がある。
「私はね、憎むとするなら夏木だけを憎んでいるのよ。あなたの母親が私にしたことは許せないけれど、あなたを憎んではいない。でもごめんなさい。舞だけは今もどうにも好きにはなれない」
『人の気持ちは自由です。どう思われても奥様の自由ですよ』
朋子が舞を憎もうと嫌おうと、舞自身に罪はない。罪があるとすれば舞に宿るもうひとりの女の面影と舞に流れている呪われた血だ。
舞の容貌は亡き母親に生き写しだった。母親似と言われる伶よりも……もっと。
「舞は何も知らずに気楽でいいわね」
『まだ子どもですから。子どものうちは知らないままでいられる方が幸せです』
「自分は子どものうちに大人の薄汚さを知ってしまったから舞には同じ思いをさせたくない……そう思っているんでしょう? いつまで舞を守るつもり?」
朋子のブラウスのボタンがひとつひとつ外れていく。彼女は自分からブラウスを脱ぎ、ロングスカートも脱ぎ捨てた。
子を産まなかった朋子の体型は五十代にしては線の崩れが目立たない。剥がれたブラジャーの下に隠れていた豊満な胸は形がよく、見事な曲線美を描くウエストラインもまだまだ女の一線で張り合える。
一糸纏わぬ姿を晒した朋子が愁の隣に腰を降ろす。彼女は愁の形の良い唇を
「愛のない暗い瞳ね」
『愛を知らずに育ちましたからね』
「あら、変ね。私だけはあなたを愛してあげたじゃない? まだ愛が足りないの?」
唇に柔らかな接触が起きる。愁の唇は朋子の唇の侵略を受け、吸い付いた彼女はなかなか彼を離さない。
舌と舌で行われる交尾はくちゅくちゅと粘性のある音を発していた。
畳の上で男と女が折り重なった。愁の身体の上に細い腰を乗せた朋子は愁の服に手をかける。
朋子にされるがまま愁は天井を見据えた。この家の天井をこうして何度、睨み付けたかわからない。
二人はまたキスを交わす。愁に覆い被さる朋子の女の臭気は一段と濃くなった。
「私はあなたを憎んではいない。むしろ愛しているわ。好きよ、愁」
唾液の糸を引いて離れた唇から漏れた愛の言葉は薄ら寒い。愁の腰のベルトが外れ、朋子の手でスラックスのジッパーが下ろされた。
『こうすることが俺の母への復讐ですか?』
「それだけじゃないわよ」
下着から飛び出した愁の一部を朋子は子どもの頭でも撫でる手つきで優しく上下に撫でている。
「これは舞への復讐。あなたに惚れている舞へのね」
『……舞は
「ここであの女の名前を言わないで」
朋子の顔が愁の下半身に沈む。朋子の手と舌が愁の分身を撫で回し、彼女の温かな口内に彼は呑み込まれた。
「最近は何人抱いたの?」
『そんなくだらないことを、いちいち数えていませんよ』
「あなたに女を教えたのは私なのに憎らしいわねぇ」
愁にとって朋子は初めて抱いた女だ。恋も愛も知らない十五歳の夏に初めて女の身体を知った。
朋子の愛撫によってそそり立った分身を下げて愁が朋子を下敷きにする。
黒々とした茂みの奥に愁の指が差し込まれ、愁の指と唇で同時に刺激された蜜壺はたっぷりと蜜を溢れさせた。
春雷の夜に「桜の木の下には死体が埋まっている」と生真面目な顔で語った女がいた。どうして今その女の顔を思い出すのか愁には理由がわからない。
桜ではなくサルスベリの下に本当に死体が埋まっているとは、神田美夜は思いもしない。
四つん這いの姿勢で突き出された朋子のヒップはさすがに若い女と比べれば尻の肉は垂れ、肌の張り艶も劣る。けれど雄を欲しがる雌の発情した蜜壺は充分に雄を満足させた。
肌と肌が擦れる音に男と女の吐息が
「愁……しゅうぅ……」
呻きに似た喘ぎ声の狭間に呼ばれる自分の名前が
何も考えずに愁は絡み付く女体を掻き抱いた。本能のままに律動を刻み、欲望のままに精子の解放を促す。
愁と伶は似ていた。
女に奪われた男の尊厳。
女に狂わされた人生。
庭に咲く夏の雪が風に揺れる。
男と女も揺れていた。ゆらゆら、ゆらゆら、揺れていた。
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