1‐2
「彼氏の付き合いを全部制限するつもりはないんだよ。私だって仕事終わりに流れで男の同僚と二人でご飯行くこともある。そうやって仕事の後についでに飲み行って仕事の相談したり、忘年会みたいな大人数の飲み会は付き合いだから仕方ないよね」
「理世が嫌なのは休日に女友達と二人で会うってことでしょ?」
「そう! わざわざ二人の予定合わせて、待ち合わせの時間と場所決めて、二人でご飯やライブや映画行ったり……それってもう恋人とするデートと変わらないでしょ」
美容師の理世の休みは定休日の火曜日とシフトによって水曜か木曜。土日の休みはほぼない。対してサラリーマンの彰良の休みは土日。
デートはいつも平日のどちらかの仕事が終わった夜にしていた。
「いくら私と休みが合わないからって、私の代わりに他の女と二人で会うってことが許せなかった。私の代わりなんていくらでもいるんだと思うと虚しくなったの」
代わりのいない存在だから“恋人”ではないのか。いくらでも替えの効く存在だと知らされた時に理世の心に生まれた虚無感。
食事もライブの同伴も映画も相手は誰でも務まる。恋人と休みが合わなくて休日を共に過ごす相手がいないとしても、相手は異性の友達でなくてもいいはず。
そして最終的に彰良は理世と“友達”になろうとした。
好きだと告白してきたのも、別れを切り出したのも彰良だ。
最後は“友達”を求めるのなら、どうして最初は“恋人”になろうとした?
「誠実な男は彼女が嫌がってるなら女友達と二人では会わないよ。女側も彼女の立場や気持ちを考えられる人は遠慮するもん。お客さんでも彼氏の女友達に悩まされてる女の子多いよ」
「やっぱり彼氏の女友達は厄介だね。“私は彼氏が他の女の子と二人で会っていても気にしないけどぉ”、って女もいる。この世で一番うざい女」
「いるいる。あんたが気にしなくても男の彼女は嫌がるかもと思えない、想像力が欠如してる女ね。浮気相手の写真あったっけ?」
エビのアクアパッツァを頬張りながら理世はスマホの写真フォルダをスクロールする。
「インスタに顔写真載ってた」
「……うわぁー。コレに負けたのは悔しいね。私でも荒ぶるわ」
「でしょ? コレだよ? 外見レベル四軍女に負けた屈辱は計り知れない」
ユミのインスタグラムの過去の投稿を遡るとユミは自分の顔写真を載せていた。
腫れぼったく細い一重瞼の目元に輪郭が大きな顔はお世辞にも整った顔立ちとは言えない。美人か不美人ならば不美人の類いの女だ。
この程度の顔で恥ずかしげもなくSNSに無加工の素顔を晒せるユミは、よほどの自信家か怖いもの知らず、どちらだろう?
「あとね、この子の大学時代の写真も見つけた」
「おお、よくそんなの見つけたね」
「自分で大学の名前や入ってたサークルのヒントになるようなことツイッターに書いてたからね。心当たりがある大学とサークルの検索かけたらサークルのブログにドンピシャで写真載ってたんだ」
何の警戒心もなく出身校や所属サークルをSNSで匂わせる人々はそれだけでも個人を特定する情報になり得るとわかっていない。
ユミも自分の情報を無意識に外部に晒していた。情報の出し引きを使い分けている理世や香乃からすれば、ユミのSNSの使い方は馬鹿の一言。
「結局、このユミって女が浮気相手から彼女に昇格したの?」
「わからない。別れてからしばらくは彰良と連絡取ってたけど、あいつは彼女ができたとは一言も言わなかった」
彰良自身の口から新しい恋人の存在を示す言葉は一言も聞けなかった。理世と連絡を取り続ける傍らで、彰良が新しい恋を同時進行で進めていたかと思うと腹わたが煮えくり返る。
「けど、4月にユミとライブに行ってからはそれまでツイッターでは二人とも敬語のやりとりだったのが敬語じゃなくなって、急に口調が馴れ馴れしくなってる。距離感が近いって言うか……」
「いかにも4月のライブを境に二人の関係に変化がありましたってバレバレじゃん」
二人は追加で注文したカクテルで再び乾杯をした。理世はモスコミュール、香乃はジンリッキー。
ネガティブな感情のデトックスは食欲を加速させる。アクアパッツァやチーズの盛り合わせ、パエリアなど、テーブルに並ぶ料理が次々と理世と香乃の胃袋に収まった。
「ほんと露骨だよね。先週も二人で鎌倉行ってたよ。泊まりで」
「泊まりって……もう黒だね」
「黒だよね。普通は異性の“友達”と泊まりはしないでしょ。二人のインスタ見る?」
「見る見るぅ」
ちょうど1週間前の週末、梅雨の時期に彰良とユミは鎌倉に一泊二日の旅行に出掛けていた。二人のインスタグラムにはそれぞれ鎌倉の主要な観光名所の風景が似た構図で載せられている。
「これは確実にヤってるな。一線越えました感をぷんぷん匂わせまくり」
「私と別れて2ヶ月だしヤってるだろうね」
泊まりがけで出掛けた男と女が同じ日に同じ場所の写真をSNSに載せる。典型的な恋人アピールはお決まり過ぎて
「人の好みは千差万別とは言うけどさ、元カレはこのぽっちゃり顔デカ女で
「わかる。未練とかじゃなくて、上手く言えないけど女としての本能的なショックがある」
「男は突っ込めて出せる穴があればなんでもいいのか。元カレって本当はB専とデブ専?」
「ちょっと香乃ぉー。酒が不味くなること言わないでぇ」
心にくすぶる感情は未練? 執着? 嫉妬? 怒り?
どれでもなくてどれでもある。
沸き上がる黒いマグマが心の中心で噴火した。
世の中は因果応報だ。他人の不幸の上に成り立つ幸せは存在しないと、あの二人にわからせてやりたい。
──人の心をズタズタに傷付けたくせにお前達だけ笑顔になるな──
湿った梅雨空に悪口の花が咲く、2016年の夜の出来事だった。
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