～Midnight Eden～ episode3.【夏霞】

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2018年7月28日（Sat）

　渋谷のカフェアンドバーSottomarino（ソットマリーノ）にはプールを囲むようにしてテラス席が配置されている。夜になれば酒を楽しむ人々で賑わうプールサイドに今は誰もいない。

太陽の熱に焼けた床の上でテーブルと椅子の黒い影がじりじりと揺れていた。

　テラス席に比べてプールをガラス越しに眺められる室内席は冷房が効いて快適だ。エメラルドグリーンの水面が煌めく楕円形のプールを背景に来栖愛佳は笑顔を作った。

テーブルの中央を陣取る二段のケーキスタンドには桃のブランマンジェやメロンのケーキ、カシスのムースケーキ、パイナップルのタルト、夏の彩り鮮やかなプチケーキが綺麗に配置されている。

　芹沢小夏は愛佳のスマートフォンを両手で構え、愛佳とケーキタワーと、背景のプールサイドがすべて画面に収まる構図を探る。小夏がシャッターを切る間も愛佳は笑顔を崩さない。

品よくテーブルの上で組まれた両手も角度的に写り込むであろうワンピースの上半身部分に至るまですべてが“作品”だ。

「ちゃんと撮れてるかな。手ぶれ酷かったらごめんね」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

小夏が撮影してくれた写真をその場でチェックする。愛佳のスマートフォンには構図違いで撮られた同じ場所の写真がいくつも保存されているが、インスタグラムに載せる写真は選ばれた一枚のみ。

「私はパイナップルからいこうかな。愛佳は？」

「カシスムースにする」

　ケーキタワーを離れたパイナップルタルトは小夏の皿に、愛佳の皿にはカシスムースが着地した。本来であればすぐに頂きたいところ、しかしまだ彼女達の口にケーキは入らない。

被写体を人間からケーキに変えた写真撮影会。そんな光景も近年のSNS社会では珍しくなくなった。

カフェやレストランでは料理が運ばれてくれば、カトラリーを持つ前に皆が持つものはスマートフォン。老若男女、誰もが過ぎ行く一瞬を切り取って形に残すためにファインダーを覗いている。

　ようやく愛佳達の撮影会も一段落。愛佳と小夏はケーキを口にしながらテーブルに置いたスマホの画面に視線を落とした。

どちらのスマホ画面も今はインスタグラムの表示だった。

「愛佳の今日のコーデ投稿、コメント数凄いね。1時間前の投稿でコメント八十件越えてるじゃん」

「リリィユゥの紫陽花ワンピのおかげかな。皆これ狙ってるんだよね。もうひとつピンク買おうかな」

「そのワンピ可愛いもん。リリィユゥの服は私は絶対着れないから似合って羨ましいよ」

　愛佳が纏うアイスブルーが涼しげなシースルーのロングワンピースはアパレルブランド、リリィユゥの受注会で頼んだ品だ。

色は愛佳着用のアイスブルー、ベビーピンク、ラベンダーの三色展開。リリィユゥの公式インスタグラムでも紫陽花ワンピースとして紹介されていた。

一般販売は3日後。一足先に商品を着用した愛佳の写真をインスタに載せることでブランド側の宣伝に繋がる。

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受注会で注文していたLilyouの紫陽花ワンピースが届いたのでさっそく💐

私はアイスブルーにしたよ。青色の紫陽花みたいな色合いと膝下からのシースルーの透け感がとっても可愛い！

今日はこのワンピースをお供にアフタヌーンティーフェアにいってくるよ～🍬

#紫陽花ワンピ #Lilyou #リリィユゥ #PR

#ootd #Instafashion #今日のコーデ

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　最新の投稿のコメント欄には紫陽花ワンピースを着た愛佳を絶賛するフォロワーの声が集まっている。

［あいかさんリリィユゥ似合いすぎです！］

［愛佳さんはブルベ夏だから紫陽花ワンピースがよく似合いますね］

［品の良いお嬢様で素敵！アフタヌーンティー楽しんできてください］

　昨年の法栄（ほうえい）大の学祭でミス法栄準グランプリを受賞してからの愛佳のインフルエンサーとしての飛躍はめざましい。

インスタグラムのフォロワー数も日々増えている。現在の愛佳のインスタのフォロワー数は二万五千人。

去年の今頃、ミスコン活動をしていた頃は一万人弱。小夏が愛佳と出会った大学一年の頃の愛佳のインスタグラムのフォロワー数は二百人程度だった記憶がある。

「愛佳、最近インスタのユーザーネーム変えたよね。なんでユウガオなの？」

　愛佳のインスタグラムのユーザー名は@yougao_a0827i。

愛佳の誕生日は8月27日だ。0827が誕生日を、数字の前後のaとiが愛佳の名前を意味しているのはわかる。

小夏の疑問は最初のyougaoが示す意味だ。

「夕顔の花知ってる？」

「えー、知らない。夕顔って朝顔の仲間？」

「朝顔の仲間は昼顔と夜顔。夕顔だけウリ科で種類が違うんだよ」

　愛佳はネットの検索画面に夕顔と打ち込んだ。検索された夕顔の花は鮮やかな色彩が目立つ夏の花には珍しい白色。縮れた五枚の花弁は和紙に似ている。

朝顔、昼顔、夜顔はヒルガオ科、夕顔はウリ科の植物。夕顔は花の形も開花時期も似ている夜顔と混同されるが、属性が異なる。

「私の誕生日の8月27日の誕生花が夕顔なの」

「誕生石は聞いたことあるけど誕生花なんてあるんだ」

「私も知らなかったんだよ。伶くんが愛佳の誕生花は夕顔だねって教えてくれたの。花言葉も神秘的なんだ。夜、罪、それと儚い恋」

夕方に咲いて翌日にはしぼんでしまう夕顔は儚い印象を与える花だ。

「儚い恋って……伶くんとラブラブなくせに」

「へへっ。私の誕生日に赤坂ロイヤルホテルに二人で泊まるんだぁ。あそこのホテル、伶くんのお父さんの会社が経営してるからスイートルーム用意してくれるって」

「いいなぁ。この幸せ者めっ」

　太陽の煌めきの下で過ごす優雅な一時。カシスムースやブランマンジェ、アールグレイのシフォンケーキと、次から次へと愛佳のスマホの画像フォルダに見た目も可愛らしいケーキの写真が保存された。