第5話 美城みゆきの個人的羞恥
「面接……ですか?」
みゆきは首を傾げた。不穏な流れに感じられる。
「そうよ、面接をしましょう。
自分の置かれている状況がイマイチ掴めていないみゆきは、どうしたらいいのか分からなくなり流れに身を委ねることにした。
「わかりました。では、お願いします……」
気を楽にして正直に話してね、と水無瀬は白衣のポケットからA4紙を取り出し、折りたたんであったそれを拡げた。個人情報が羅列された文面。現在までの美城みゆきを定義づける社会的情報だった。
「それでは簡単な自己紹介と総合芸術部を選択した志望動機を教えて」
「え、あの、はい……。名前は美城みゆき、です。一年A組です。えっと、志望動機は……芥川から履歴書不問で楽に稼げる
いいぞみゆき、と芥川は思った。水無瀬香織に嘘は通用しそうにない。思ったことを正直に打ち明けることこそ信用を得る最短路。いいぞみゆき、事前の打ち合わせ通りだ。
ではこちらから質問させてもらうわね、と水無瀬は続ける。
「あなたの好きなものと、嫌いなものを一点あげてください」
みゆきは逡巡した。自分の好きなものは一つしかない。だがそれを告白するのは勇気がいることだ。ましてや初対面の相手に無防備な自分をさらけだすのは、崖から飛び降りるような蛮勇が必要だった。
「そんなに深く考えなくていいのよ。思ったことを口にして」
「えっと……」
ああ、灰色が濃くなってきた、と水無瀬は思う。そう遠くない未来、黒に染まりそうなくらい。自己否定と自己嫌悪の集合体なのに、不思議な子。真っ黒な不調和と融合してバランスを取っている。今にでも乖離しそう心、なのに。いったいなにが彼女を引き止め、支えているのかしら――。
「……恥ずかしい、ですけど」
みゆきがゆっくりと口を開いた。
「私……自分の横顔だけは、嫌いになれないんです」
絞り出し、自分の耳元に熱を感じて、みゆきはうつむいた。芥川を意識しないように言ってみたが、恥じらいを隠せそうになかった。
それは素晴らしいわね、と水無瀬は笑みをたたえた。
「美城みゆきさん、あなたが好きな横顔を、わたしにも見せてほしいわ」
「え……? ん、それは……イヤ、です」
お願い、と再度懇願されてみゆきは渋々、一瞬顔を振った。
それはほんの瞬時のできごとだったが――。
窓辺からの光。
祝福を受けて。
彼女は美しかった。
「ありがとう。キレイなEラインね」
水無瀬にはそれで十分だった。
「うん、採用よ! 美城みゆきさん。総合芸術部のメイドとして頑張ってね」
あ、あの、とみゆきはメイドとして採用された喜びなどなく、引っかかりをおぼえる疑問を投げかけた。
「嫌いなもののほうは、まだ答えてないですけど……いいんですか?」
「それなら、もう分かってるから大丈夫よ」
水無瀬が言うように、芥川にもそれは理解できた。
「え? そうなんですか?」
みゆきは自分の言葉を思い出すが、嫌いなものを教えた記憶はない。
「メイド服が必要ね」
想像力を膨らませる水無瀬を見やり、当然だろうと芥川も大きく頷いた。できれば英国風のオーソドックスなメイド服がいい。
それにしても、と芥川はみゆきの小さな肩を横目に思った。好きなものと嫌いなものを同時に答えてしまうほど、正直にならなくていいが。
自分の横顔だけは嫌いになれない――か。
それは自己否定と自己肯定の混じり合った悲痛な叫びに聞こえた。
俺が救うんだ、と芥川は思う。俺がみゆきと彼女を救う。
春の雲がゆらりと流れ、時の経過を否応なく知らせても。
少年は留まることをやめたくなかった。
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