第4話 得たければ与えよ


 千の灰色が集まっても、一つの白にはならない――有名なゲーテの言葉を引用するまでもなく、芥川龍一は灰色だった。


 彼が灰色だからこそ、周囲には灰色が集まっていた。


 決定的な違いは、芥川龍一だけは灰色を白に戻せると信じていたことだ。自分が灰色だとは理解できず、認識できず、色を持たないと思いこんでいた。それは誤認というよりは偏向バイアスに近かった。だがそれこそが、彼を決定的な存在たらしめたのだ、と魔女は思う。


 それに比べ、美城みゆきは自分が灰色であるという認識を持っている点においては、より灰色として正当だった。そしてより正当性を持っていた点においては、より正確だともいえた。だがそれこそが、彼女を時の鳥かごへ閉じ込めた要因だ、と魔女は思う。


 魔女である彼女は色を持たない。それは彼女の優位性でもあり劣等性でもあった。孤高であり孤独だったし、特殊であり普遍でもあった。透明であることはなにより特別だったが、混じらず混ざらないことは不確定でしかなかったし、不可視の恐怖の根源でもあった。

 

白衣の魔女――水無瀬香織みなせかおりは思う。もし色を持つことができたなら、そしてそれが慰めになるのなら、蒼穹のような青がいい。



 放課後。

 芥川は雲隠れしようと企む美城みゆきをいち早く捕獲し、消極的な歩調の彼女を鼓舞し、またぞろ昇降口へ逃げ込むみゆきを再度捕獲し反転、歩みを止める彼女の背中を支えつつ、あるいは強引に押し続けて、旧校舎の最奥の右手に位置する面接会場まじょのすみかまで案内した。


「ハァー、来ちゃった……」


 肩を落とすみゆきとは対照的に、芥川は軽度の緊張感に包まれていた。

 この先なにが起こるかは彼にも予想がつかなかった。魔女との遭遇による相乗効果シナジーに期待を寄せる一方、取り返しのつかない相互マイナスアナジーも発生しうるのだ。


「さて、どうなることやら……」


 独り言を吐き出し、指紋認証システム搭載の引き戸を二度ノックした。

 どうぞ、と聞き慣れつつある声が届いた。みゆきに目配せをしてから、芥川は総合芸術部まじょのすみかに足を踏み入れた。


「待っていたわよ、芥川くん」

「お待たせしました、水無瀬さん」


 システムチェアに深々と座る白衣の魔女へ、芥川は軽快に応じた。それから供物として持参した少女を紹介しようと、威勢よく振り向いたのだが姿がない。


「ん? ……少しお待ち下さい」


 魔の巣への侵入を本能が拒絶するのか、みゆきは引き戸を盾に二人の様子をうかがっている。


「心配ないよ、いい人だから」


 果たしてそうだろうかと思いつつ、孤児院の少女へ手を差し伸べるがごとく、芥川は努めて優しく誘った。

 みゆきが問う。


「本当に?」

「本当さ」


 握っていた引き戸から手を離し、警戒感を和らげる少女。芥川は先導するように白衣の魔女へ目を向けた。


「大丈夫、行こう」


 うつむき加減ながらも歩みを進める少女の横顔を、芥川は見守った。


「こんにちは、はじめまして」


 好感度の高い笑顔を浮かべた白衣の魔女は、システムチェアから立ち上がって少女を迎えた。


「あ、その、はじめまして……」


 少女は反射的に応じた。


「わたしは水無瀬香織。美城みしろみゆきさんよね? 芥川くんから聞いているわ。どうぞ座って」


 少女にカウチソファーへの着座を求める白衣の魔女の姿を間近にし、芥川は幾分かの感銘を受けた。落ち着いた声色が心地よい。ファーストコンタクトに問題はなさそうである。


「さあ、座って」

「は、はい」

「芥川くんも座りなさい」


 みゆきの左隣へ芥川は腰を落ち着けた。入り口であり出口でもある引き違い戸への退路を断つ。

 別世界へ迷い込んでしまった少女は不安そうに小指をさすりながら、白衣の魔女を観察している。

 すると、白衣の魔女は両の手でパチンと音を鳴らした。

 あたかも魔法をかけるように、手を合わせ。

 ふふっ、と笑みをこぼしながら「さぁ、面接を始めましょう」と言った。

 

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