第3話 芥川龍一の個人的虚言



 私立・広陽こうよう高校は創立100年を越える伝統校であった。近年では創立からの文武両道路線からの転向を図り、勉学に特化した私立高校として名が知れていた。

 芥川龍一あくたがわりゅういち美城みしろみゆきは共に一年A組に所属している。入学式前に行われた選抜試験の結果、総合学習クラスとしては成績優秀者が集い、勉強時間も豊富に確保されているため、通称・地獄のAクラスと呼ばれている。



「おはモーニング、龍一」


 まだ閑散かんさんとした朝の教室、窓辺の自席に腰掛ける芥川に挨拶を投げかけたのは学友の桐生圭太きりゅうけいただった。


「おはよう、圭太」


 軽妙は挨拶には付き合わず、芥川は頬杖をついた。

 桐生はニヤリとした笑みを見せつけ、なにか僕に隠していることはない? と言葉を紡いだ。

 さぁ検討もつかないな、と芥川は目線をそらした。桐生はそれをじっと見つめる。


「ちょっと小耳に挟んだんだ。旧校舎のこと――」

「水無瀬さんのことか?」

「そう! そこへ若い男が通ってるんだってさ」

「俺のことだな」

「まさしく! 自供する気になったね。なにがどうなってそうなるのさ」


 最新情報にさといヤツだ。さてどう説明すれば圭太は納得してくれるだろうか、と芥川は考えた。彼女の執事になったのだと軽口を叩くか、それともありのまま友だちになったのだと告げるか。はたまた穏便かつ不正確な情報を流して様子を見るか。


「圭太に嘘はつけないようだな。実はここだけの話、俺はスクールカウンセラーの東条先生に頼まれたんだ。水無瀬さんの様子を見に行ってくれって」


 だから他意はないんだ。変な詮索はやめてくれ、と芥川はデタラメを言った。


「ふぅ~ん、それはおかしいなぁ」

「なにもおかしいことはないさ」

「じゃあ、どうして東条先生が龍一にそんなことを頼んだのか、説明できるよね?」


 あぁ、もちろん、と芥川は論理的思考をフル回転させた。まずい。これ以上嘘に嘘を重ねても言い逃れができない。素直に告白ゲロすべきか。


「それは――俺と水無瀬さんが遠い親戚だからだ」

「え? そうなの。へぇー、そうなんだ。いやぁ、知らなかったな」


 ミトコンドリア・イブまで遡らなくても、ここにいる連中は遠い親戚にあたるはずだ、と芥川は嘘を重ね続ける自分を騙した。


「なるほどねぇ、それなら納得かな」


 すまない圭太、と芥川は友人情報の更新をしている桐生に心中で詫びた。騙すつもりはなかったんだ。

 桐生が自席から離れて行っても、芥川の罪悪感は晴れなかった。

 すがる思いで窓辺の席から、教室後方の席でクラスメイトと話し込む美城みゆきを盗み見た。因果を問わず美しいな、と思った。まるでハムレットのオフィーリアのような美しい横顔であった。


 次第に教室内には生徒が吸い込まれるがごとく、気怠けだるさを携えて集まってきていた。

 春先の空気は次第に膨れ、暖かみを持ち始めていた。

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