第1話 総合芸術部の魔女
4月半ばの薄めの雲が漂う空の日。
総合芸術部の扉を二度ノックすると、かすかにどうぞ、という声が漏れた。
扉を引き芥川が別世界へ入室すると、水無瀬は背もたれの厚いシステムチェアに座って本を読んでいた。
「いらっしゃい、芥川くん」と
「お茶、入れるわね」
「いえ、俺がやります」
水無瀬に茶道具の所在を聞き出し、四苦八苦しつつも芥川は琥珀色の液体をティーカップへ注ぐことができた。
「水無瀬さん、お茶が入りました」
「ありがとう、芥川くん」
「どうですか?」
「うん、おいしい」
「そうですか、よかった」
しばしの談笑に興じていた芥川ではあったが、同時に腑に落ちない点も抱えていた。まず、総合芸術部とはなんなのだろうか。芥川は両手を広げて問うた。
「ところで水無瀬さん、昨日から疑問に思っていたんですが総合芸術部とはなんですか?」
「昨日も話したけれど、わたしの私室よ」
「その私室ですが、なぜ高校の旧校舎にあるんですか?」
「簡単な話ね」
水無瀬によれば、知り合いのNPO法人を通して広陽高校へ1億円ほど寄付をしたら、私室を作る許可がおりたとのことだった。
「ここは表向き総合芸術部と看板を掲げているのだけど、わたしが旧校舎の一部を買い上げたようなものよ。だからわたし以外の部員は存在しないし、これからも存在させない。わかった?」
「じゃあ、俺はなんなんですか?」
「んー、語弊を恐れずに言えば――執事かしら?」
予想通りの回答が返ってきたので、芥川は質問を変えることにした。
「授業にはでてるんですよね?」
「うん、たまにはね」
「どれくらいの頻度ですか?」
「週イチくらい?」
「それじゃあ、友だちなんてできるわけないじゃないですか……」
「芥川くんがいるから平気よ」
芥川は閉口した。どうやら関わってはいけない人との関係性が生まれてしまったようだ。それでも芥川は諦めずに会話を続けた。
「いつからそんな生活をしてるんですか?」
「そうね、今年の2月くらい、からね」
「授業は受けなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫かそうでないかは、わたしが決めるわ」
「そんな調子で卒業できるんですか?」
「学校が卒業させるわよ」
芥川はため息をついた。
――たしかに今は一部しか使われていない旧校舎とはいえ、学校内に私室を作るような人間を放置できまい。学校側としては、なんとしてでも卒業させたいだろう。それがたとえ1億を寄付した奇特な人物だとしてもだ。
「水無瀬さんはこのままでいいと思ってるんですか?」
「……このままでいいなんて、思って……」
耳元にかろうじて届くほどのか細い声を出し、水無瀬が続けた。
「わたしにも事情があるのよ、芥川くん……」
しばし沈黙が流れたが、それ以上は芥川も追求できなかった。彼女を不用意に傷つけてしまいそうで。
芥川は話題を変えた。
「そうだ水無瀬さん、友だちを、いや執事を、いやメイドを雇いませんか?」
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