第27話 異世界への帰還

 確かに二ヶ月半程で世間の関心は次に移り、二人が騒がれることは少なくなった。だが逆に、身近な人達からは特別な視線で見られることが定着する。

 勇者を見る眼、とでも言うのだろうか。

 もちろん異世界でのような熱烈なものではなかったが、それに近いものを二人は感じていた。

 合コンに誘われることが増え、断るのが大変になった。

 公園でトレーニングしていると近所の人が見物に来るようになり、やり辛いのでお金を払ってジムに通うようになった。

 TVも新聞も取材は断っていたが、二人が読者であるアニメ雑誌の企画には思わず参加した。異世界転生モノに関する座談会だ。

 その中で二人は『実在する勇者』と紹介される。説明として、タクミは最強のアニメショップ店員、ヒデヨは消えた天才バスケットプレーヤーと書かれていた。

 この座談会で、二人は好きな作品について好き放題語る。その知識の深さと特殊な能力を持つ者としての独特な解釈に、やがてマニアから『オタク勇者』と呼ばれるようになるのであった。



 大学の四年間は、アッという間に過ぎ去った。

 ヒデヨは過酷な環境でも生育できる野菜の品種改良に没頭し、卒業論文もそれがテーマだった。

 タクミはもちろん緑膿菌が卒業論文のテーマだ。ヒデヨが話してくれたTVドラマはタクミも観たが、薬液の小瓶一つを静脈注射するだけでヒロインは完治してしまう。まず、現実では有り得ない。

 緑膿菌の治療と看護を研究する中で、タクミは少しずつ必要な物を揃えていく。点滴の針やチューブ、輸液パックと薬品。劇薬や麻薬の類ではなかったので、看護実習の中でコッソリ揃えていくことができた。

 二人の卒業論文は高い評価を受け、それぞれ学内の賞を取る。小中学の頃の成績を考えると、著しい成長だ。

 強い目的意識が人を成長させる。二人には、異世界で本当に意味で勇者になるという目的があった。

 武力としてだけでなく、医療や農業の分野でも村人を守るのだという強い思いが……。



「この頃、不安になるんだ。あの異世界での二ヶ月は夢だったんじゃないか、って」

「タクミ殿もでござるか。拙者もでござるよ。現世に戻って五年半でござるからなあ」

「あと、あの世界に戻れるのかな、っとか、あの瞬間に戻れるのかな、っとか」

「こちらの世界と同様に、あちらでも五年半が過ぎていたら大変なことでござる」

「うん。ニベヤさんはもう死んじゃってるよ」

「拙者は認定死亡で離婚確実でござる」

「それでも行くでしょ?」

「もちろん」

「この世界へは、いつか戻ってくる?」

「まだ親孝行をしていないでござるからな。それだけは人としてやり遂げたいでござるよ」

「ボクもだよ」

 二人は、かなり膨らんでしまった鞄を斜めがけにした。タクミの鞄にはニベヤを治療するための点滴セット、ヒデヨの鞄には野菜や穀物の種子や球根が入っている。そして、二人とも妻への贈り物として、卓上三面鏡と髪にツヤを与えるという高級ヘアーブラシを入れていた。

 四年ぶりに上った母校の校舎の屋上。春休み中の高校は静寂に包まれている。

 初めて異世界へ行った時と同じように、富士山が近くに見えた。あの時、苦労してよじ登った鉄柵の上に、今の二人は軽々と飛び乗る。

 そしてお互い、ポケットから異世界への通行券であるカランビットナイフを取り出した。刃を折り畳んだまま、人差し指をリングに通す。

「準備は良いでござるか?」

「OKさ!」

 右腕をクロスすると同時に、二人の身体がフワリと浮かぶ。三度目の投身ともなると、心にも余裕があった。

 空を見下ろすと、イナズマが二人を目掛けて追いかけて来ている。

 ――ああ、アレだったのか……。

 タクミがそんなことを考えていると爆音が響いた。そして、意識が一瞬途切れた。



 意識が戻った次の瞬間、強い衝撃を感じた。

 地面に落下した衝撃だった。

 痛みでしばらく息ができなかったが、落ち着くと鞄の在り処を手探りする。鞄は有り、中に手を入れると輸液パックや薬剤、鏡も全て無事だった。

 タクミは安堵し、神と運に感謝した。

 隣でヒデヨが上半身を起こす。

「タクミ殿、大丈夫でござるか?」

 タクミも身体を起こした。

「大丈夫だよ。ヒデヨ君も大丈夫みたいだね」

 ヒデヨがタクミを見て笑った。

「クククッ……久しぶりにその顔を見たでござるが、相変わらず怖い顔でござるなあ」

「ハハハッ。そう言うヒデヨ君も、中々の恐ろしさだよ」

 陽が沈みかけていたが、二人に野宿の選択肢は無い。幸いなことに、今日が五年半前のあの日の続きであれば、今晩は月が明るいはずだ。

「さてと、帰るでござるか」

「うん、村に着くのは明日の朝だね」

 二人は、異世界へ帰還した第一歩を踏み出した。



 ザゴが恐ろし山の方を見つめていたので、ヒゲの船長が声をかけた。

「そんなに早くは戻ってこれんさ。いくら勇者様方でも、到着は今日の夕方だろう」

 そう言う船長も、今日はいつもより一時間早くいかだを出した。ザゴも早めに出勤したのだが、その時には既に船長は始業点検を済ませていたほどだ。

「なあに、心配はいらん。勇者様が二人揃えば、たとえ竜が出たって敵うまいよ」

 しかし船長は、まるで自分自身に言い聞かせるような口振りだ。

「そうっスね。でも、なんかあの二人、無邪気というかあどけないというか。オレが世話してあげないと、って気になるんスよ」

「オメエごときが何言ってやがんだ。でも……まあ、気持ちはわかる」

 その時、ザゴは酒樽をヒックリ返しただけのイスから立ち上がり、その上に飛び乗った。右手を額に当てて庇を作り、眼を細めて遠くを見る。

「おい、ザゴ。いきなりどうした?」

「勇者様だ! 勇者様が帰って来た!」

「本当か? 凄いな。出発したのが昨日の今頃だぞ。まる一日で恐ろし山まで行って帰って来るとは」

「オーイ! 勇者さまー!」

 ザゴが酒樽の上で飛び跳ねて手を振る。

 それに気付いた二人の勇者も、まるで何年も故郷を離れていた冒険者が帰省したかのように、勢い良く走り出した。

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転生者あるいは勇者としての生き様 @neko-no-ana @neko-no-ana

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